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第15話 アスム・ヒストリー「謁見」

 ここで少しだけ主軸世界地球で暮らしていた『日野 明日夢』の過去に触れておくわ。


 アスムは中流家庭に生まれるが、両親は彼が6歳の頃に離婚している。

 その後は幼い妹と共に母親に引き取られていた。


 母親は仕事で不在の中、アスムが妹の『心春コハル』の面倒を見てよく冷蔵庫にある食材で手料理を振る舞っていたそうだ。


「俺が料理にハマったのは心春の笑顔がきっかけだ。下手くそだったにもかかわらず、俺が作る料理を『美味しいよ、お兄ちゃん!』と喜んで完食してくれたんだ」


 アスムは懐かしそうにそう語っている。


 心春はおさげ髪が良く似合う、当時のアスムとは似つかない綺麗で可愛らしい顔立ちだったとか。

 そんな心春も生まれながら心臓が弱く、8歳の頃に悪化し長い闘病生活となった。


 母親が不在の中、アスムは出来る限りの看病に努めるも願いは叶わず、心春はわずか10歳で永眠したそうだ。


「心春が居なくなったことで俺は無気力となった……大学で一人暮らしを始めるまで料理することすら忘れるほどにな。自炊のため久しぶりに作った料理がクソ不味くてな……これでは心春に笑われてしまうと思い、再び包丁を握ることにしたんだ」


「そこまで料理好きなら、どうして料理人を目指さなかったの?」


 私の問いに、アスムは瞳を閉じて首を横に振るう。


「母親を安心させるためでもある。皮肉な話、心春が居なくなったことで生活は楽になったが、女手ひとつで俺を大学まで行かせてくれた人だ……料理人はゼロから始めるには厳しい世界だからな。余計な心配をかけさせたくなかった。それに前世の俺にはそこまでの覚悟はなかったと言える。あくまでバイトや趣味程度で腕を磨く程度だ」


 ちょい、アスムってば超優しいんだけど!

 実はこの頃からアスムは勇者としての資質に溢れていたのね。

 まぁ同時に『狂気的グルメ志向』の礎にもなっているのだけど……。


 大学卒業後、サラリーマンとして働きながら自炊して、たまの休日には上司と後輩を招いて手料理をご馳走していた言う。


「……会社は忙しかったが楽しかったぞ。俺が作る料理に会社のみんなは喜んで食べてくれた……ただ凝り過ぎて、ついた仇名が『豚の料理長ピック・シェフ』だ」


 なんでもアスムは35歳でも小柄で小太り気味だったとか。

 今の姿だと、まるで想像つかないけどね……。

 てか『豚の料理長ピック・シェフ』って……完全にディスられているんじゃないの?


 そして趣味である料理に没頭するあまり結婚どころか恋愛すら経験することなく、35歳で見知らぬ親子を暴走車から庇って他界し転生へと至っている。

 モンスター童貞どころか、モンスター飯に魅了された狂人と化したわけだ。


◇◆◇


「まさか触れただけで鑑定祭器の石板を破壊しまうとは……なんかそのぅ、すまん」


 アスムは自責の念に駆られ、ハンナに謝罪した。


「い、いえ勇者様……けど何故、石板が壊れてしまったのでしょう? こんなこと初めてです」


「さぁな……俺にはさっぱりだ。やはり弁償した方がいいよな? けど俺は見てのとおり一文無しだ」


「いえいえ、勇者様にそのような真似など……そう、これは事故です。私がうっかり落としてしまったことにします! こう見てもドジなので怪しまれません! しばらくおやつ抜きにされる程度の処罰で済みます!」


「本当に申し訳ない……そうだ、腹が減った時は俺が何か作ってやろう。こう見ても料理が得意なんだ。菓子も作れるから安心してくれ」


「わぁ、勇者様ぁ嬉しいですぅ――じゃなかった! この素晴らしい結果を早く司祭様と王女様にお知らせしなくては!」


 ハンナは舞い上がり、その場を離れようとした。

 だがアスムは素早く彼女の腕を掴み引き止める。


「待ってくれ!」


「え? 勇者様?」


「……周りに知らせるのは勘弁してほしい」


「どうしてです?」


「キミの反応を見る限り、俺は他に召喚された三人より規格外なのは理解した。だが三人も優秀なのだろ?」


「はい、ユウヤ様もリン様もナオ様も勇者として高い素質が備わっております!」


「なら今はそれでいいと思う。俺は俺で色々と確認したいことがある……そのために、しばらくフリーで動きたいんだ」


「確認したいこと? 魔王の侵略による世界の情勢とかでしょうか?」


 ハンナの問いに、アスムはフッと微笑む。


「それもあるが……ここは俺が過ごしてきた地球とは違う世界なのだろ? ならばここに地球と同じ食材はあるのか、もし未知の食材があるとすればどう料理すれば美味しくできるのか……俺は気になって仕方ないんだ!」


 出たわ、アスムの狂人ぶり……てか転生した直後からこれかい!?

 思わぬ回答にハンナは「え? え?」と首を傾げている。

 当然でしょうね。この男、魔王討伐をあの三人に押しつけて、自分は未知の食材を求めようとしているのだから。


「つ、つまり、勇者様の鑑定結果は伏せておけと?」


「そうしてくれると助かる。適当に『大したことなかった』と言ってくれれば有難い。礼は弾む。そうだこの城にいる間、キミにおやつを作るというのはどうだ?」


「わぁ、嬉しいですぅ――はっ! いけません、見習いとはいえ私は聖職者です! 買収などされません……ですが偉大なる勇者様のお頼みとあれば聞くしかないでしょう」


「ありがとう助かるよ。俺は日野 明日夢だ。キミの名を教えてほしい――」


 こうしてアスムはハンナと仲良くなり、自分の鑑定結果を隠蔽した。


◇◆◇


 ハンナから偽りの結果が報告され、アスム達は国王が待つ『玉座の間』へと案内される。

 広々とした部屋に規則正しく設置された各支柱の前には、銀の鎧に身を包む槍兵の姿が見られていた。


 奥側には幾つかの階段があり見下ろす形で三人の男女が豪華な玉座に腰を下ろしている。


 中央には長い白髭を蓄えた初老の男。金色に縁どられた赤いマントを羽織っており、見るからに威厳があり国王だと察した。

 右側には王妃と思われる金髪の婦人が座っており、華やかで綺麗なドレスを身に纏っている。また指や首には豪華な宝石で散りばめられていた。

 そして左側には既に対面しているシーリア王女が座っている。

 彼女はずっとユウヤにばかり視線を向け、うっとりと頬を染めていた。


 アスム達は兵士の指示で階段下に敷かれた赤絨毯の上に立たされ、王族達の前で跪いている。

 ユウヤを真ん中にリンとナオが隣で畏まる中、遅れたアスムは後ろの方で控えるよう指示を受けた。


 しばしの静寂後、国王が口を開く。


「うむ、其方らが両女神の導きにより召喚されし勇者だな? 余はノイスと申す。このフォルドナ王国を治める者だ」


「妃のマルーシアです。よくぞ参られました。フォルドナは貴方達を歓迎いたします」


 王族ならでなのか。

 ウェルカムの割にはどこか上から目線の態度だ。

 まぁ舐められないためにマウントを取るパフォーマンスも含まれているのだろう。


 ノイス国王が話を続ける。


「この度、伝承に則り其方らを導いてもらったのは他でもない。五年ほど前から魔王たる者が出現し大勢の魔族と魔物を軍隊として従え、蝗害の如き勢いで各国を侵略し確実に領土を広げており、その侵攻は徐々にこのフォルドナに届かんとしておる。魔王の力は強大だ……我らはすがる思いで召喚儀式を行い、導きの女神ユリファと召喚の女神リエスタに祈願して異界の住人である其方らをこの世界へと招いたのだ」


「わたくし達の都合だけで召喚した上に身勝手なのは重々承知しています。ですがなんとかこの国と民達を助けて頂きたいのです」


 最後にマルーシア王妃が捕捉した。

 話を聞いていたユウヤ達は「何だって!? そうだったのか!」と初めて聞いたような態度を見せる。


「国王様、僕達は女神リエスタから半ば強引に召喚された人間です! 女神からは『魔王を斃すまで帰れません!』と言われ正直ムカついていましたが、皆さんが困っているのなら協力しましょう!」


「そうね、あの女神は殴ってやりたいけど、ここの人達とは利害が一致しているわ!」


「うん、わたし達の力が役立てるなら!」


 ユウヤを筆頭にリンとナオの二人がやる気を見せる。


 一方、後ろで跪いているアスムといえば、


(まずはこの城の厨房を見学したい……そこで、これから俺の進むべき道が見えてくるだろう)


 上の空であり、やはり『狂気的グルメ志向』に則り思考を巡らせていたのは言うまでもない。

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