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第13話 心春の消息と行方

 アスムの妹こと「日野 心春」。

 生まれながらにして心臓が弱く、僅か10歳で病死したと聞くわ。


 その妹さんが、ここ異世界ゼーノに転生していると言うの?

 いえ、導きの女神である私が知らないのに地球から転生されるなんてあり得ない……。

 まさかモンスター飯のせいで、妄想まで抱くようになったのかしら?

 そこまで病気(頭の)が進行していたなんて……。

 ここは転生させた女神として正しく導かなければいけないわ。


「……アスム。魂を管理する導きの女神として言わせてもらうけど、コハルちゃんが貴方のように転生しているとは思えないわ。妹ちゃんを大切に思う気持ちは察するけど……現実は受け止めるべきよ」


「しかし邪神パラノアは心春を異世界ゼーノに転生させたと言っていた……確か奴はユリファの前任だったそうじゃないか?」


「え? た、確かにそうよ。私は会ったことはないけど……アスムはパラノアから直接聞いたというの?」


「そうだ。トドメを刺そうとした時、奴がベラベラと喋り始めたんだ……『我の仲間になれば世界の半分を貴様にくれてやろう』とな」


 ラスボスらしいテンプレの口説き文句ね。


「無論、俺はそんなのに興味がない。だから言ってやったのだ『俺が興味あるのは貴様の死肉とその味だけだ』と。そうしたら奴は酷く怯え出した」


 でしょうね……邪神パラノアからすれば完全にサイコパス勇者だわ。

 しかもアスムって真顔で言うから「こいつガチやばい!」ってなるでしょうね。


「そして俺の前世を見透かしたのか、邪神パラノアは次にこうも言ってきた――『貴様が心から大切に想う妹、ヒノ・コハル。その者はこの世界ゼーノで生きておる。我なら会わせることができるぞ』と――」


「アスムは話を聞いてどうしたの? パラノアからコハルちゃんの居場所を聞いたの?」


「いや、何も聞かず奴を屠った。そこまで知れば十分だ。後は自力で探せばいい。そもそも邪神なんぞと交渉はしない……きっと心春だって喜ばない筈だ」


 流石、真の勇者ね。ラノベ脳に侵された欲望に忠実な転生者達とは断然違う。

 やっぱりアスムは世界を救うべき戦った英雄よ。

 ただ『モンスター飯』のせいで方向性がかなり歪んでいるけどね。


「……話はわかったわ。けど邪神パラノアが命欲しさに言っていた可能性もあるわね」


「虚言だというのか? 俺にはそう思えなかった……仮にそうだとしても探す価値はある。どうせ一箇所に留まれない身だ」


 アスムならそう言うと思ったわ。

 だから神になる権利を断って、「セカンドライフはモンスター飯の料理人になる」と断言しのでしょうね。

 けど、もしコハルちゃんを見つけ出せばどうよ?


 ――アスムは満足して神になってくれるかもしれない。

 ラティの件は置いといて、まずはその方向でこれからの指針を立てるべきね。


「アスム、ちょっと待って――」


 私は《アイテムボックス》から例の『水晶球』を取り出し空に向けて放つ。

 水晶球は眩く光輝を発し、照らされた一帯の時間が停止した。

 地面から浮かび上がる立体的なイメージ像。

 私が呼び出した偉大なる主神ゼーノ様だ。


 けどあれ? なんだか可笑しいわ。

 パーテーションのような薄い壁が置かれ、ゼーノ様らしき衣が掛けられている。

 しかも壁越しから湯気が立ち込めており、「フンフン♪」と何やら可愛らしい鼻歌が聞こえているじゃない?


「ゼーノ様、ゼーノ様。いらっしゃいますか?」


『ん? ユリファですか!? ちょ、ちょい待てよ! 抜き打ちは駄目だと言っているじゃないですか!?』


 声が聞こえたと思った途端、プツンと映像が切られてしまう。

 再び映像が浮かび上がると、そこに頬を赤らませたゼーノ様が立っていた。


 こ、こいつ……まさか風呂上りか!?

 私を神界に戻さない癖に、自分だけ呑気ブッこいて仮想風呂に浸かっていたの!?

 ほんのりと精神体を温めているじゃない!


『導きの女神ユリファよ、何用でしょうか? 魔王ラティアスの処遇については未だ模索中ですよ』


 さっきの今だから当然よね。

 どうせ『無窮の独房』に封じ込められているパラノアとも面会してないでしょ?

 んなの今はどうでもいいのよ。


「実は勇者アスムが奇妙なことを話しておりまして……」


 私は怒りを堪え詳細を説明した。


『……なるほど。確かに勇者アスムが言うように、パラノアは嘗て第二級の女神であり貴女の前任でもありました。したがって主軸世界「地球」から死者の魂を異世界へと転生させるノウハウは十分に備わっているでしょう』


「ではパラノアが亡くなった『ヒノ・コハル』の魂を異世界ゼーノに転生させたという話は本当なのですか?」


『……考えられる一つは前回の「災厄」でしょうか? 約20年前くらいです。同じように別の邪教徒により魔王が誕生し、当時の女神パラノアが転生させた勇者達は悉く失敗して、彼女は第二級の神位を降格され自ら神界を出て行っています。結局、第三級の女神が召喚した転移者達によって魔王は斃され事なきことを得ていますが……』


「20年前……『ヒノ・コハル』が亡くなったのと同じ時期です。まさか勇者として転生されていたと?」


『可能性はあります。ですが当時、パラノアが転生させた勇者は魔王に敗れ全員死亡している筈です』


 そ、そうなの?

 ならやっぱり邪神パラノアが苦し紛れについた虚言である可能性が高いわ……。

 アスムには伝えない方がいいのかしら?


 けど、それはそれで違うと思う。

 真の勇者であるアスムなら、きっと受け入れてくれる筈よ。

 問題はセカンドライフの『モンスター飯』ね……これだけは不治の病っぽいわ。


 私が別の意味で頭を悩ませている中、ゼーノ様は重々しく口を開く。


『……しかし邪神であればあるいは』


「ゼーノ様、あるいはとはどういう意味でしょうか?」


『仮想サウナ仲間である他の主神から聞いたことがあります。神界から出て行った神、つまり邪神同士で「魂譲渡」が密かに行われていると……』


 た、魂譲渡!? 何それ!? まるで人身売買的な……。

 それより「仮想サウナ仲間」のくだりは余計じゃね?


「魂譲渡とはどういったものでしょうか?」


『はい。異世界で亡くなった良質の魂を第二級の神が密かに捕縛し、何かしらの取引で別の神々に横流しすることが稀にあるそうです。神界から離れ自ら邪神となることを想定した用意周到な手口だとか』


 何だろう……横領的な?

 ますます「ブラック企業あるある」じゃないの?

 そうして得た魂は邪教徒に渡り、邪神の巫女こと魔王として転生されることがあるらしい。


「であればヒノ・コハルは別の邪神の手に渡り、他の異世界へと転生されているのでは?」


『その可能性もありますが、同一世界で転生されている可能性もあります。例えば魔王ラティアス亡き後の後継者としてか、あるいは別派閥の邪教徒に渡り新たな魔王として利用されるのか……』


「では『ゼーノ』に転生された可能性はゼロではないと?」


『そうですね。邪神パラノアが命乞いの交渉として持ち出したのであれば信憑性があります。もし嘘だとバレてしまえば、勇者アスムの逆鱗に触れますからね。邪神に堕ちたとはいえ、パラノアはそこまで浅慮な神ではありません。女神ユリファ、貴女とは違って……』


 おい、最後の方だけ小声でなんて言った!?

 がっつり聞こえたぞ、コラァ!

 するとゼーノ様の姿が次第に薄まり消えようとする。

 こいつ逃げるつもりか?


『魔王ラティアスを含み、ヒノ・コハルの件もパラノアに言及してみます。女神ユリファ、それまで監視の方を頼みますよ……ああそれと、私とコンタクトを取るのは一日一回でお願いします。また抜き打ちは勘弁です――』


「……御意」


 立場が下である私は渋々従うことにする。

 間もなくしてゼーノ様の姿が完全に消失し、水晶球は光を失って地面に落ちた。

 停止した時間が本来の流れに戻っていく。

 私は水晶球を回収した。


「……ユリ、どうした? 主神とコンタクトを取ったのか?」


 二度目だけに察しが良いアスム。


「ええ。コハルちゃんの件、可能性はゼロじゃないって言ってたわ……ただはっきりするまでもう少し時間を頂戴って」


「そうか……ゼロじゃないのか。ありがとう、ユリ」


 アスムはホッとした表情で、さりげなく私の手を握る。

 優しい眼差しを向けて、私に感謝の念を伝えてきた。


 思わず胸がドキッと高鳴ってしまう。

 さらにキュンと疼いた。


 やっべぇ、これ! 完璧に恋に落ちるパターンじゃない!?

 この勇者、女神の私を惑わすとは……なんて罪深い男なのッ!



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