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第12話 スライムの果汁ゼリー

 アスムは勇者だけじゃなく調理人としての技術も本当に凄いわ。

 私の薄っぺらい倫理観が崩壊するほど美味しいと思う。


 けどラティと違い食レポが下手なのはごめんなさいね。

 だってずっと女神していたんだもの。

 空腹の知らないあちら側の世界じゃ、せいぜい暇つぶしに仮想ポテチを寝転がって食べていた程度だったわ。

 こうしてまともな食事を摂取するなんて、女神になる以前の勇者として転生した時以来ね。

 ……けど、よく考えてみたら食した全てが『モンスター飯』だから、決してまともと言える食事じゃなくね?


 ゴブリンの生姜焼きを美味しく食べ終えた頃。


「約束どおり食後のデザートだ! みんな召し上がってくれ!」


 アスムは〈アイテムボックス〉から、小さな器に入った何かを人数分取り出した。

 見た目はプルンとした柑橘系のデザートらしいけど……。

 私はどうせ変な食材を使っているのだろうと聞いてみることにした。


「アスム、これは何のデザートなの?」


「果汁100%のオレンジゼリーだ。予め作り《アイテムボックス》で保存しておいた」


 へ~え、デザートはまともなのね。

 安心したわ。


「――ただし土台ベースはスライムだ。そのプルンとした部分がそれだ」


「結局『モンスター飯』かよ!?」



【スライムの果汁ゼリー】

《材料》

・スライム1匹

・砂糖と水

・オレンジ果汁100%ジュース


《手順》

1.スライムを包丁で細切れにしゼラチン状にします。

2.鍋にオレンジ果汁ジュースを入れ火にかけます。

3.鍋に砂糖を大さじ2杯と水を入れてよく混ぜて溶かします。

4.砂糖のザラつきが感じなくなったら火を消し、細切れスライムを投入して一混ぜて溶かしていきます。

5.容器に小分けして入れた後に、凍氷魔法で1~2分ほど急速に冷やせば完成です(冷蔵庫だと4.5時間ほど費やします)。



「――っという工程で作ってみた」


「い、いつの間に……さっきのダンジョンでスライムまで狩っていたわけ? その割には戻ってくるのが10分くらいと早かったわね?」


「実際の狩りは3分もかかっていない。ほぼこれを作るのに時間を費やしていた」


 ということはダンジョン内でスライムとゴブリンを斃してからゼリーを作っていたというの?

 最早、常軌を逸しているわ。


「難を言えば凍氷魔法で急速に冷やし過ぎたかもしれん。〈アイテムボックス〉内は食材を腐敗させず保管することに優れているが、漬け置きや発酵の類には向いていない。だから食べるまで3分ほど解凍を待ってほしい」


「女神が与えた〈アイテムボックス〉を冷蔵庫代わりに使うなんて……もう言葉が出ないんですけど!」


 考えてみれば聖剣を包丁に作り変える勇者よ。

 この男、モンスター飯になると分別を忘れ見境がなくなるってことは短い付き合いの間で十分に理解しているわ。


 とはいえだ。

 私は簡易テーブルに置かれたゼリーを眺める。


 原料がスライムだと言われなかったら、ごく普通のデザート。

 不覚にも美味しそうだわ……私、甘い物には目がないのよ。

 ついあの味を忘れられなくて、仮想ケーキを山ほど平らげたこともあったわ。仮想世界だし女神だから太ることもないしね。


 恐る恐る容器を手に取り、スプーンで掬って口へと運ぶ。

 ぱくっと一口。


「お、美味しい! 少し酸っぱいけど甘さの方が増して美味しいわ!」


「うむ、冷やすことでプルンとしたスライム独特の食感がより締まり、味も濃厚に引き出されておる! 果汁ならではの酸味と甘味のバランスが実に絶妙じゃ! 一見シンプルに見えて舌先から喉越しまで楽しめる逸品じゃぞ!」


 ……あのぅ、ラティさん。

 頼むから私の台詞に食レポ被せるのやめてくれる?

 感想が抜群すぎて私の言語力が安っぽく見られちゃうからね……。


「美味いニャア! スライムといえば味がない水だと思っていたけど、これは全然違うニャア!」


「だろ、ニャンキー? 特にこの触感はスライムでしか表現できない。だから甘味によく合う。アメーバも余計な水分を抜き豆乳とニガリを加えれば豆腐っぽく再現できるぞ」


「……アスム。アメーバってスライムと同系統の魔物でしょ? 何が違うの?」


「なんだ、ユリ? 女神なのに両者の違いがわからないのか? いいだろう説明しょう――」


 私のささやかな疑問にアスムはドヤ顔でうんちくを語り始める。

 ちょっとマウント取られたみたいでイラっとするけど、ゼリーが美味しいから許すわ。


 スライムとは透明色で全体がプルンとしたサッカーボールくらいの魔物だ。

 獲物を体内に取り込むことで窒息させ、そのまま消化させて捕食する習性がある。

 弱点は火系攻撃だが体の中に目に見えない『魔核』という器官があり、そこを破壊することで絶命させることが可能だと言う。

 またアスムの説明では『魔核』を軸にしてキャタピラのように体を回転させながら移動するのが特徴だとか。


 対してアメーバは薄緑色の粘液状であり地面や床を這うようにして移動する。

 捕食方法や弱点はスライムと変わらないが、不形であるだけに至る隙間に潜伏して神出鬼没に襲ってくるという。


「さっき言ったとおり、スライムの肉体はゼリー状だけにプリンやところてん、寒天、白滝など活用が可能な食材だ。一方でアメーバは粘液状の形態から餡かけなどの中華ソース風に見立てたり、あるいは片栗粉などデンプン代わりとして活用することができる。どちらもモンスター飯のバイプレーヤーと言える有能な食材だろう」


「確かどっちらかが亜種ニャア。一部の魔物モンスター生態学者の間では度々論争の的となり未だ決着つかずの筈だニャア」


「ああ、このニャンキーから譲ってもらった『種族図鑑』でも、どちらが原種なのかが明記されていない。おそらく環境に適応するため進化した生体なのだろう」


 二人の話を聞いていると次第に「卵が先か鶏が先か」みたいなノリに聞こえてきたわ。

 てか問題視されている『種族図鑑』、ニャンキーから譲ってもらっていたのね。

 その書物のせいでアスムの倫理観が崩壊したようなもんでしょ!?

 やっぱ元凶の戦犯ニャンコじゃない!


 かくしてお腹を満たした私達は、安全な場所まで移動を始めた。

 辺りが薄暗く夜となった頃、野宿できそうな広場で休むことにする。

 ここまで来れば残党軍による追撃とかはないでしょう。


 ニャンキーがせっせと手際よく野営の準備を始める中、丸太に腰を下ろしていたアスムは空を見上げた。


「見ろ、空が晴れている……この世界で初めて目にする星空だ」


 珍しくモンスター飯以外のことで瞳を輝かせている。


 言われてみればね。

 ずっと、どんよりとした雲で覆われていたのに今では見る影もない。

 満天な星々と月の明りで煌々と輝いていた。

 だから夜の割には比較的に視界も良好なのね。


「世界から邪神と魔王がいなくなった証拠ニャア。これもアスムのおかげだニャア」


 ニャンキーは集めた薪に火を灯しながら彼の功績を称えている。

 このような晴天の夜空は実に10年ぶりだとか。

 さらに悪天候が続いたことで田畑は実らず家畜にも影響し食糧難に陥っているらしい。


「魔王が侵略地を拡大することで闇の魔力が増大し天候まで蝕んでいたのね……そうして10年近くも費やしパラノアを邪神竜として現出させる土台を作っていたんだわ」


「うむ、アスムは見事に全ての元凶を断ち、世界を本来の状態に戻したというわけじゃな!」


 焚火の前で暖を取る私の考察に、ラティが小さな胸を張って誇らしげに言ってくる。

 記憶が残っていれば「お前が言うな!」と言ってやりたい。


「……そうか。これから少しずつ平和になっていくってことだな……良かった」


 火の明かりに凛々しい顔が照らされ、アスムは柔らかく微笑む。

 やばっ、カッコイイ。

 モンスター飯でトチ狂ってなければガチで恋に落ちているわ。


「アスム、これからどうするの? しばらくラティを匿いながらどこかでレストランでも開くつもり?」


「いや、ユリ。それはない……店を開くということは、ずっとそこに留まらなければならない。それに俺は金を得るために『モンスター飯』の料理人を目指しているわけじゃないからな。平和になったとはいえ、そう容易く食糧難が解決するとも思えない。しばらく各地を点々とし、腹を空かせた者達に腕を振るうつもりだ」


「無償ってこと? 生活はどうするつもり?」


「日銭ならどうとでもなる……それに俺にはもう一つ、どうしてもやらなければならない事がある」


 アスムは言葉を止め、真剣な眼差しでぐっと拳を強く握り締めた。


「この世界のどこかにいる、妹の『心春』を探す――!」

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