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第11話 ゴブリンの生姜焼き

「アスム、ゴブリンの血抜きと解体は終わったニヤア。けど魔力抜きする聖水は残ってないニャア?」


「邪神パラノアの肉で使い切ってしまったんだ。何せあの巨体だったからな……奥の手を使うか」


 私の背中越しで、そうアスムとニャンキーがやり取りしていた。

 現在の『異世界ゼーノ』は長年に渡る魔王軍の侵攻により食料の物価が高騰し、貧困層にまで行き届かない困窮した時代が続いている。


 五年前にアスムが転生した時から深刻な状況であり、真面目な性格の彼は「何か解決策はないのか!?」と勇者として修行する傍ら考えていたそうだ。

 そんな中、ミーア族のニャンキーと出会い「下処理さえすれば、モンスターは食べれる」事を知り、研究の末に編み出したのが『モンスター飯』であると言う。

 一般的に『寄食』扱いである魔物食材も手間を加えることで美味しく食べられる調理法だ。

 しかもアスムは前世の記憶を頼りに、日本の食文化と家庭料理を再現しているようだ。


 てかあんた、前世では普通のサラリーマンだったわよね?


 前世が調理人ならともかく、彼の『食』への拘りは異様であり情熱すぎる矜持を抱いているわ。

 実際に聖剣を出刃包丁に作り変えて鎧や盾すらも大枚をはたき調理器具に改造する奇行ぶりだ。

 でも反面、『モンスター飯』に関しては相当な研鑽を行い料理人として腕を磨いたのでしょうね。


 導きの女神として「勇者の使命はどうしたのですか!」と怒鳴ってやりたいところだけど、アスムは他のラノベ脳に侵された転生者達と違い大きな実績を残している。

 たとえ「邪神パラノアを食材にしたい!」という狂気じみた理由だろうと、彼が崩壊寸前の異世界ゼーノを危機から救ったのは事実よ。


 まぁ肝心の魔王ラティアスは、ラティという半魔族の少女になったことで生かす方向になってしまったんだけどね……。

 おかげで私は主神のパワハラで神界に戻れなくなってしまったわ。


「ユリ~、まだかのうぅ。まだ妾の料理は出来んのかのぅ~」


 ラティは私の手を握り揺さぶりながら待ち侘びている。

 つい「私がこうなったのもあんたの侵略が原因だからね!」っと言いたくなるけど、魔王だった頃の記憶がないようだし妙に懐かれているから黙っておくことにした。


 そんな中だ。


 ブォォォォォォオオオッ


 背後から物凄い轟音と猛烈な熱気が襲ってくる。


「な、何!?」


 異常事態に私は振り向くと、アスムが平たい岩に置かれた塊を燃やしていた。

 しかも右掌から魔法陣が浮かび、そこから豪火が放射されている。


「火属性の最大攻撃魔法の一つ〈地獄業炎ヘルズファイア〉だニャア」


 いつの間にか私達の近くで佇むニャンキーが説明してきた。


「見たらわかるわよ! けどあれって熟練の魔法術士ソーサラーがようやく撃てるかどうかの大技よね!? どうして勇者のアスムが軽々と撃てるのよ!? しかも今、無詠唱だったわ……って、そうじゃないわ! つーか何しとんねん!?」


「ん? ユリ、これは魔力抜きの一環だ。気にしないでくれ」


 何事もなかったように、しれっと言うアスム。


「気にするなって……その岩の上にある塊はさっき捕獲したゴブリンの肉なの?」


「そうだ。聖水を切らしてしまったからな……こうして高温で急速に炙ることで、油の如く魔力を飛ばす急場しのぎ荒業だ。威力は調整してあるし、岩も消毒済みだから衛生面は問題ないぞ」


 岩の云々で言ってないわ。

 炙るにしたって、わざわざ最大攻撃魔法でやるのかって話よ。


 右掌から浮かんでいる魔法陣はフッと消え、掌には仄かに輝く模様が描かれおり同時に消失した。


「……今のって呪文語が記された〈魔道刺青マジックタトゥー〉よね? そうか、それで勇者なのに一流の魔法術士ソーサラー並みに高度な魔法が使えて無詠唱だったわけね」


「流石は女神だ。そのとおり、以前に脱退した魔法術士ソーサラーが俺に施してくれた秘術だ。肉体の至る箇所に別系統の魔術が施されている……俺が意識して触れることで魔法が発現する仕組みだ」


「……けど、それ禁忌魔法の類よね? 勇者の身体に施すなんて正気じゃないわ」


 本来なら闇魔法に属する邪道な呪術よ。

 相手の肉体に魔法を刻むことで制約を与え奴隷として従わせるか、あるいは遠隔で呪殺するなど、ろくな目的でしか使用されてないわ。


 アスムの場合、それを意図的に発現できる攻撃用として改造された感じかしら。

 まぁ口で言うのは容易いけど、相当ハイレベルな魔道知識と技術を要する筈よ。


「あまり悪く言わないでくれ。別れる際、俺が無理矢理に頼んでやってもらった魔法だ。こうして狩りに役立ち調理にも活かされている。反面、魔力が通常以上に消費されるというリスキーな制約もあるけどな」


 つまり連続使用はできないということ。

 さらに言えば使えるのは、あくまで身体に刻まれた魔法のみに限られる。

 でもあんた、そんなさも切り札っぽい魔法をゴブリンの肉を炙るために使用してたわね?


「アスム、『魔力回復薬エーテル』だニャア」


 ニャンキーは支援役サポーターらしくリックから回復薬ポーションの瓶を出し阿吽の呼吸で手渡した。

 アスムは蓋を開けて栄養ドリンクのように、ぐびぐび一気飲みしている。

 この辺が元社畜サラリーマンっぽいわ。


「――よし、下ごしらえは終わった! ここからが本番だ――調理を開始する!」


 気合いを入れ直すと、アスムは〈アイテムボックス〉からフライパンを取り出し手際よく作業を始める。



【ゴブリンの生姜焼き】

《材料》

・ゴブリンのバラ肉(腹の部分肉)

・玉ねぎ

・薬草(添え物)


《調味料》

・謎の酒

・自家製の醤油

・謎の酒とハチミツの代用みりん

・生姜

・自家製の胡椒、塩、砂糖、油


《手順》

1.ゴブリンのバラ肉、玉ねぎをそれぞれ切っておく。

2.生姜はすりおろして調味料と混ぜ合わせるます。

3.フライパンでバラ肉を焼く。

4.肉の色が変わってきたら玉ねぎごと、生姜醤油を絡めて炒めます。

4.盛りつけたら出来上がりぃ!



「――完成ッ、ゴブリンの生姜焼きだ! 正直ゴブリンはバラ肉しか食べられる箇所はない。スペアリブのような肋骨箇所もあるが……そのう、元々不衛生なモンスターだ。別の下処理が必要となり、あまりお勧めしない」


「さも控えめに配慮した言い方だけど、そもそも論よ! ゴブリンを好んで食べようとする種族などおりません!」


「女神のお嬢さん、骨に近い部位は奇生虫が沢山蠢いてるニャア。アスムが言うように、ミーア族ですら細い手足と頭部は切り捨て、バラの部位も必ず加熱して食べてるニャア。それでもゲロ不味いニャア」


「いらんわ、そんなプチ情報ッ!」


 余計食べる気失せるじゃないのよぉ!


 ……でも、この生姜焼き。

 とても美味しそう! 芳ばしい匂いは勿論、こんがりと焼けて見栄えも怪しげに見えないわ!

 薄切りにした玉ねぎと醬油たれがいい感じに絡められ、豚肉っぽく演出されているじゃない!

 けど何故に添え物が薬草なの? キャベツとかの代用?


「アスムぅ、早く食べさせてたもう!」


「わかった。みんな、食べる前に必ず『いただきます』をするように」


 アスムは少しだけ料理マナーにうるさい。

 それからニャンキーが用意した簡易テーブルの上に食事が置かれ、私達は囲む形で座った。


「「「「いただきます」」」」


 皆で合掌し命に感謝しながら、口の中へと運んだ。


「美味しい! 本当にゴブリンの肉よね!? もう少し筋張って硬いのイメージしてたけど、柔らかくて普通に歯で噛み切れるわ!」


「焼く前に肉の繊維を壊すため軽く叩いている。またすりおろした玉ねぎに漬け込むことでタンパク質が分解され、より肉質が柔らかくなるんだ」


 めちゃ手間を加えているわ。

 モンスター飯に関しては病的なほど拘り一切の妥協を許さないけど、こうして美味しく食べれるから仕方ない。


「人数分のバケットもあるから、良かったら挟んで食べるニャア」


 ニャンキーはカゴに入った均等にカットされたバケットをテーブルに置く。

 アスムがリスペクトするニャンコ師匠だけにナイスな配慮だ。


「こ、これは何という美味じゃ! 柔らかく程よい歯ごたえは勿論、ほんのりとした肉の旨味を見事に引き出し醬油たれと玉ねぎで調和されておる! しかもバケットに挟むことで濃厚な醬油たれがパン生地に染み渡っていくではないかえ! ほろ苦い薬草も実に合うぞい!」


 ラティは口いっぱいに頬張り舌鼓を打つ。

 相変わらず食レポうめぇーっ。とても6歳児が言える感想じゃないわ。


「食後にはデザートがあるから楽しみにしてくれ」


 アスムはラティの食べっぷりにご満悦そうだ。

 ……てか、まだあるのね。


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