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第10話 モンスター飯の威信

 まさかこんな早々に勇者を狂わせた元凶に会えるとはね。

 しかもミーア族のニャンコって……。


 ちなみに私は猫が大好きよ。

 前世の人間だった頃、病弱だった私は飼い猫の「ムウちゃん」によく慰めてもらってたわ。

 だからこそ主神に出世した暁に創造する『イケメン異世界パラダイス』は、猫ちゃん達も幸せに暮らせる大陸とか創るつもりなのよ。


 けどそれはそれ。

 世の中にはね。やって良い事と悪い事があるわ。

 だからキャラを捨てでも、あえて言わせてもらうわね。


「――ワレェ何しとんねん!」


「ニャア? この綺麗なお嬢さんは何を怒っているニャア?」


「彼女は導きの女神ユリファだ。ワケあってしばらく共に行動することになっている」


 アスムが包み隠さずニャンキーに私の正体を暴露する。

 まぁ大抵は信じてくれないだろうから別にいいんだけどね。

 てか、んなことはどうでもいいわ!


「ニャンキーって言ったわよね! 貴方がアスムにしょーもないこと教えるから、彼は勇者でありながら狂人化してしまったのよ! これほどのイケメンなのに頭可笑しいとかって、どう責任取ってくれるのよぉぉぉ!!!」


「しょーもないこと? モンスター飯のことニャア?」


「そうよ! 最強の固有スキルを料理人スキルに交換儀式コンバージョンしたり、聖剣を出刃包丁に作り変えていたんだから! ハッまさか、聖なる鎧や盾もフライパンと鍋とかに変えたんじゃないでしょうね!?」


「ああ、頂戴したミスリル製の鎧や盾なら試しにやったことがある……だがあれは駄目だ。防御力が高すぎて、まるで火が通らん。なので依頼したドワーフに元の形状に戻してもらい道具屋に売ったのだ」


 この勇者、他に余罪がありやがった!

 ミスリル製ってオリハルコンに続く超硬質で高級な素材じゃない!

 しかも何わざわざ元に戻して道具屋に売ったりしてんのぅ、こいつ!


「そのお金でボクが雇われたわけニャア。邪神を狩るまでの雇用契約で月30万G(日本円にして30万円)ニャア」


「ああ、何せここまで来るのにパーティを組んでいた全員が脱退してしまったからな。ちょうど路銀も底をつき、このままでは一人で魔王城に乗り込むのは不可能だと判断し、やむを得ずそうしたわけだ。ちなみにミスリルの鎧と盾は2億Gくらいで売れているぞ。ただ二度に渡りドワーフに依頼した加工代がバカ高くてな……残金がギリギリ30万Gとなってしまったのだ」


 どっちにしてもトチ狂った理由じゃない!

 つーかこいつ、最終決戦前で思いっきり仲間に逃げられてんじゃん!

 んなイカれたことばっかしてたら当然よね!


「あと女神のお嬢さん。少し勘違いしているけど、『モンスター飯』はあくまでアスムが考案したレシピだニャア。ボクはただミーア族の食文化として『魔物は魔力抜きすれば食べれる』と教えただけニャア」


 ニャンキーが言うには、ミーア族は雑食性であり他種族と同じ物を食べる一方で魔物を狩り食べることもあるとか。

 魔王城でアスムが披露した『魔力抜き』の下処理法がそれに当たるようだ。


「魔物を食すミーア族や他の種族も『魔力抜き』だけ行い、あとは味付けなしで焼いて煮るだけの大雑把で杜撰な調理方法のみだった……故に人族や他の知的種族から『寄食』だの『ゲテモノ食い』だの揶揄されていた歴史がある。それを嘆いた俺は転生前の知識を活かし、誰にでも美味しく食べてもらうため試行錯誤の末で完成させたのが『モンスター飯』なのだ。この食糧難の時代、まさしく革命といえるレシピだ!」


 アスムは瞳をキラキラと輝かせて弁を振るう。

 いい話っぽく語っているけど、それ現役の勇者がやることじゃないわよね?

 セカンドライフどころか既に実行しちゃっているじゃん。

 狂気的グルメ志向とはよく言ったものね。


 けど大まかだけど背景がわかってきたわ。

 きっかけを与えたのは確かにニャンキーだけど、彼はただ種族の食文化をアスムに教えただけみたい。

 んで衝撃を受けたアスムが我慢しきれず実行を重ねて狂人化した挙句に、土壇場で仲間達に逃げられちゃったって感じかしら。


 これで邪神パラノアを斃してなく魔王ラティアスも無力化させてなかったら、他のラノベ脳に侵され「スローライフ万歳」とかぬかしている転生者達と変わらないわ。

 いえ下手したら、それ以下の性癖を露にした痴態ね。


「アスムぅ、妾はお腹が空いたのじゃ」


「わかった、ラティ。この近くに手頃でいい感じのダンジョンがある。俺が魔物を狩って調理してやろう」


 手頃でいい感じのダンジョンって何?

 何、コンビニみたいなノリで言っちゃっているの、こいつ?


 しばらく移動し、そのいい感じとやらのダンジョンに辿り着く。

 移動中、アスムはニャンキーにラティのことを説明した。

 最初こそ「ええ!? 魔王だったのかニャア!」と驚いていたが、すぐに「まっ、いっか。よろしくニャア」とあっさりラティを受け入れている。


 アスム曰く、「ニャンキーは憶病で命根性が汚い性格だが、何事も偏見を持たず受け入れてくれる度量の広い尊敬に値する猫だ」と、ディスりたいのかリスペクトしたいのか曖昧な説明をしてきた。

 そういえば私が女神だと知った時も、やたらとリアクションが薄かったわね。

 だから変人同士で気が合うのかもしれないわ。


「ちなみにニャンキー、特にラティのことはトップシークレットだからな。ユリのことも他言無用で頼む、俺が唯一尊敬するあんただから包み隠さず話したんだ」


「わかった、アスム! 都合の悪いことは忘れるたちだから任せろ、ニャア!」


 ほらね。会話からして怪しくて微妙よ。

 まぁ私も、ニャンキーは性格の良い猫だとは認めているけどね。


 それからアスムは単独でダンジョンの中に入った。

 邪神と戦い近衛隊やデュラハンと死闘を繰り広げて間もないのに、えらく体力のある勇者だ。


 10分後、アスムは戻って来る。


 手には長いロープが握られており、縛った何かを地面に引きずって歩いていた。

 逆さ吊りとなっているそれは5匹もいる。

 どれも黒ずんだ緑色の皮膚を持ち、小柄で枯れ木のような細い手足だが下腹部が異様に出っ張った飢鬼のような体躯を持つ醜悪な容貌の小鬼こと「ゴブリン」だ。


 って、おいコラ!


「もろ亜人系の魔物じゃないのよ! さっき『種族図鑑』なんちゃらでカッコよく『食すべきじゃない』とか言ってたじゃない!?」


「ユリ、お前こそ何を言っている? 『種族図鑑』ではゴブリンは立派な魔物モンスターだと記されているぞ。つまり『モンスター飯』の食材として立派に活用できるわけだ」


「は?」


「それと俺がNGとしているのは、あくまで人族、エルフ、ドワーフ、小人妖精族リトルフ、さらに魔族といった高度な文明と知性を持つ『知的種族』に限られる。それ以外は亜人系だろうと、この世界では魔物モンスター扱いだ。したがって食すことが可能だと判断し命を頂いている。俺にとって『種族図鑑』はそれらを見定めるための指針というわけだ」


 アスムはドヤ顔で懐から書物を出して見せてくる。

 だから何なのよ、その『種族図鑑』って……アスムの聖書バイブル的な何かなわけ?

 つーか、その本に倫理とか載ってないんかい!


 などとツッコミたい衝動を抑え、私は5匹のゴブリンの亡骸を凝視する。

 どれも断末魔のそれかって思うほど物凄い形相で死んでいるわ。

 本気で食べるわけ?


「ミーア族もゴブリンは食べるニャア。けどそいつらの肉は魔力抜きしてもドブ臭く、煮ても焼いてもゲロ不味いニャア。あと見た目ほど食べれる箇所は少ないから好んで食べないニャア」


 本場のニャンキーだってゲロ不味いとか忌避的な反応じゃない。

 既に致命的と言ってもいいわね。


「……それは調理方法に問題があるだけだ。見ていろ、『モンスター飯』の威信に懸けて、この俺が絶品に調理してやる!」


 アスムは断言すると「というわけでニャンキー、まずは新鮮なシビエを得るために血抜きと捌くのを手伝ってくれ」と指示しテキパキと作業に取り掛かる。


 ところで超マイナーな『モンスター飯』に威信とかあるわけ?

 どちらにせよ、こうなったら誰もアスムは止められないわ。

 だから無駄だと判断し、それ以上の言及をしなかったのよ。


 私とラティは『モンスター飯』のために解体されていくゴブリン達のグロ光景を見ないよう背を向けた。


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