「勇者よ! 貴様はもう終わりだ!」
少し離れた距離で近衛隊長のデュラハンは喜悦の声を上げる。
既にアスムは武装した魔族兵達に囲まれていた。
確かに一見すると絶望的な状況。
だがアスムは平然とした表情で佇み、冷静に周囲を見渡している。
「……俺は基本、狩り以外の
「黙れ卑怯者が! 我らの神と主を殺した貴様を見逃すわけないだろうが! このまま生きて帰れると思うなよ!」
デュラハンは断言し、アスムを取り囲む魔族達も「勇者殺す!」と殺意を滾らせ、じりじりと距離を詰めている。
「なるほど、よくわかった」
アスムは静かに言うと両腕を広げて掲げた。
そして、
――パン!
力強く手を叩き合掌する。
「お命いただきます!」
アスムは素早く両腰の
まるで獲物を狩ろうとする猛獣のような姿勢だ。
「殺れぇぇぇぇ!」
「おぉぉぉぉぉぉ――!!!」
デュラハンの号令で、29名の魔族兵が雄叫びを上げ一度に襲い掛かっていく。
しかし既にアスムの姿はそこにはなかった。
気づけば高々と跳躍し、落下すると同時に魔族兵を頭上から斬撃を与える。
「ぐぇ!」
「まず一人――」
そのまま素早く流れるように次の魔族兵へと出刃包丁で斬りつけた。
たとえ敵が硬質の
アスムは寸前で躱してカウンターの刃を振るう。
「ぶしゃ!」
「ぎゃあああ!」
「バカな、こいつ!」
まさに荒波の如く縦横無尽の斬撃を前に、魔族兵達は鎧ごと両断され血飛沫を上げて絶命する。
だけど、あの出刃包丁……強固な鱗を持つ多頭竜である邪神パラノアの解体に使用していただけあって圧倒する切れ味だわ。
それにアスムも、たとえ囲まれ背後から攻撃されようと振り向くことなくギリギリで躱しカウンター攻撃を放っている。
確かに勇者の戦い方としては正統派ではないけど……。
――でも間違いなく強い!
邪神に勝った実力は伊達じゃないわ!
あれよあれよという間に全ての魔族兵は斃されていく。
中には深手の傷を負うだけで戦闘不能となる魔族兵もいたけど、アスムはあえてトドメを刺さずスルーしていた。
「残りは、お前だけだがどうする? このまま続けるのか? それとも終わりにしてくれるか?」
敵の返り血を浴びたアスムは冷たく問う。
順手で握る出刃包丁の切っ先をデュラハンに向けていた。
「ぐぬぬぅ! ふざけるなぁぁぁ! 誰が終わるか! 殺す!! 叩き斬ってブッ殺すぅぅぅ!!!」
デュラハンは激しく憤怒する。
狂戦士のような猪突猛進で大剣クレイモアを振り翳し突撃した。
それは石床を砕くほどの脚力だ。
しかし進行方向には、重傷を負って蹲り動けないでいる魔族兵がいるにもかかわらず、デュラハンは平然と踏みつけ命脈を断っていた。
「生かした部下の命を……気にいらん」
アスムは顔を顰めて戦闘モードに入る。
ガキィィィン!
強烈な巨刃の一撃を二本の出刃包丁を交差させ受け止める。
一瞬、アスムの身体が剣圧により沈んだと思われた。
「ほう、そのような
「鈍らではない。俺の愛刀『G・K』だ」
「ふざけた勇者だ!」
デュラハンは蹴りを放つも、アスムは大剣をいなしバックステップで躱して距離を置く。
出刃包丁を逆手に持ち替え刃を交差させた。
「なるほど……近衛隊長は伊達じゃない。だが今の剣撃は覚えたぞ」
「覚えただと? バカめ! 次で終わりだ、勇者よ――〈
デュラハンは左腕に掲げていた頭部を高々と放り投げる。
頭部は回転し空中で留まり、上空からアスムを見下ろす形となった。
そして刹那
ヴォォォン――!
いつの間にかデュラハンはアスムに急接近し、両手で握られたクレイモアを振るっていた。
その剣撃は明らかに先程の比ではなく、圧倒するスピードとパワーである。
アスムの身体は袈裟斬りに切られてしまう。
だが寸前で二本の出刃包丁を間に入れており、傷は比較的に浅手だ。
しかし防御したのに強引に押し切られてしまった。
「……ぐっ、全ての動きが一新され強化されたぞ」
「その通りだ、勇者よ! これが私の固有スキル〈
デュラハンはさらに加速し、アスムに迫る。
大剣は彼の首を捉えていた。
「ア、アスム!」
私はつい声を上げてしまう。
けどギリギリでアスムは反応し上体を後方に逸らすことで空振りとなった。
あ、危ない……よく躱せたわ。
ほっと安堵したのも束の間。
「フン、悪運が! だがこんなモノではないぞぉぉぉ!」
デュラハンの猛攻撃が炸裂する。
爆発したかのように身の丈ほどの大剣を軽々と振るい、アスムを容赦なく斬りつけていく。
けど、あれ?
幾度と放たれる刃はアスムの身体に触れることはない。
最初は危なっかしい感じだったけど、余裕をもって回避しているように見える。
いえ、完璧に見切っているわ!
「バ、バカな! 〈
「お前の剣撃は既に覚えた――俺に二度、同じ攻撃は通じない」
アスムはきっぱりと断言する。
そして私は彼の異変に気づいた。
アスムの黒瞳が赤く染まっていることを――。
しかも双眸から薄い魔法陣らしき幾何学模様が浮かび上がっている。
あれは、まさか固有スキル!?
「――〈
何だろう……響きから戦闘用のスキルじゃないみたい。
私は女神としての記憶を辿り脳内検索をしてみる。
転生者の素質に合わせて授かる固有スキルは決まっているわ。
大抵は使い方次第でチート無双できる勇者スキルである筈だけど……って、あれ? どれも該当しないわ。
いったい何なの? アスムのスキルは……。
「そのような固有スキルなんぞ聞いたことがないぞ! 何だ、それは!?」
「いいだろう教えよう……〈
てかまんま料理人にとって重宝される能力ね。
モンスター飯に魅入られたアスムらしいと言えばそれまでだけど……けど可笑しくない?
どうして勇者のアスムがそんな非戦闘用のスキルを宿していたのよ。
なんか都合よくない?
私の疑念を他所に、アスムは話を続ける。
「――実際は戦闘にも活かすことができる。訓練次第で敵やモンスターの急所やダメージ具合、筋肉や魔力の動きを見極め攻撃の軌道を予知し、武器に毒や呪術が仕込まれてないかなど瞬時に看破することが可能となる」
つまりは、あらゆる全てを見極める能力!
勇者アスムに同じ攻撃は二度通じないということ!
その驚異的な身体能力も相俟って、チート並みに有効利用されているんだわ!
凄いわ、アスム!
……けど、やっぱ変よ。
だってそれって、アスムだからたまたま戦闘に活かされたわけであって、常人なら超便利だけどあくまで普通の料理スキルよ。
勇者ならもっと派手で無双できるスキルじゃないの?
「……転生当初、俺が覚醒した固有スキルは〈
ちょ、ちょっと待て!
それって元は他人の固有スキルだってこと!?
せっかく目覚めた〈
信じられない! もう異常よ!
だって見なさい!
あまりにも破天荒ぶりに理由を知りたがっていたデュラハンでさえ、「え? え?」とか微妙な反応しているじゃない!