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第7話 思わぬ襲来

「話が決まったな。ならとっとと此処を出るとしょう。ラティ、準備するぞ。ユリ・ ・も手伝ってくれ」


「わかったのじゃ」


 アスムはラティが身に着けていた、ぶかぶかの魔王衣装を〈アイテムボックス〉から取り出したハサミで切り、針と糸で縫いつけ仕立て直している。

 やたらと手先が器用だ。


 気づけば私はアスムに「ユリ」と呼ばれている。

 第二級の神であり導きの女神である私を愛称で呼ぶなどと……超嬉しい! てかいっそ「俺達付き合っているんだろ?」と言ってぇ!


 私は女神らしく冷静な口調で「わかりました」と返事し、一時的に裸になったラティに自分のマントを羽織ら覆った。


 ラティは怨敵である私に向けて「うむ、ありがとうなのじゃ!」と無邪気に微笑む。

 言葉遣いアレだけど、こうして見ると素直で可愛い子ね。

 邪神の巫女と恐れられた魔王ラティアスと同一人物とは思えないわ。

 頭の角と少し尖った耳がなければ、ちゃんとした人族の少女よ。

 こんなあどけない子を無慈悲に「殺生」だなんて……ゼーノ、ガチ無情神。


 でも不思議よね?


「……アスムはどうして、それほどまでラティの肩を持つのです?」


「妹の心春に似ているからだ」


 黙々と作業をしながら答えてくる。


 私は神界でアスムの魂を読み取った際、「日野 心春」の情報も理解していた。

 コハルはアスムと四つ離れた実妹であり、僅か10歳の若さで亡くなっている。

 確か生まれながら心臓が弱かったとか。

 転生したアスムが14歳の姿に戻っていたのも、ちょうどコハルが生きていた頃の時代だったようだ。


 そっかぁ……亡き妹さんとラティを重ねたのね。だから庇ってあげようと。

 もうアスムったら優しすぎ! 感動して泣いちゃうんだからぁ!


「――っと言っても見た目はまるで違うがな。だが食べっぷりは元気だった時の心春にそっくりだ。だから守ると誓った。それと」


「それと?」


「……いや、何でもない。ほら出来たぞ、ラティ着てみろ」


 アスムは言いかけた言葉を止め、仕立てた服を渡している。


「うむ、ぴったりじゃ」


 ラティは新たな衣装を身に纏い、ご満悦にくるりと身を翻し見せてきた。

 黒色を中心とした上着に膝上丈のパンツと動きやすい恰好だ。

 多分、最初は魔女らしい露出度の高いセクシードレスだった筈よ。


 もう完全に原形が残されていない別物の域だと思った。

 やばっこの勇者、実は〈錬成〉スキルでも持っているのかしら?

 イケメンで強くて性格良くて料理上手で手先器用って……どんだけハイスペックなのよ? もう最高じゃない!


「……残り10分か。出て行く前にパラノアの肉をもう少しだけ捌いていく」


 あっ、でも彼、致命的の狂人だったわ……。


「残り10分ってどういう意味です? それに邪神の亡骸など捌いてどうするのです?」


「ユリ、何を言っている? モンスター飯の食材に決まっているじゃないか。唯一無二の貴重な邪神肉だぞ? 俺はそのために苦労して魔王城を突き止め、わざわざ乗り込んだのだからな」


 え? 今なんて言った、こいつ?

 そういえば何度か彼の台詞で「狩り」とか「食肉」云々ってワードが出ていたわ。


 ま、まさか……。


「ひょっして、アスム……実は勇者の使命じゃなく、邪神パラノアの肉が目的で魔王城に乗り込んだのでしょうか?」


「これだけの巨体、流石に全ては無理だな。美味い部位だけに限定しよう」


「聞けよ、コラァァァ!」


 私が素のキャラで鋭く指摘しても、アスムは「時間がない。あとで説明するから待ってろ」と出刃包丁で作業を始める。

 どんだけマイペースなのよ。


 そうして解体したグロ肉を収納スキルの《アイテムボックス》へと詰め込んでいく。


「残る部位はおかしら(頭部)のみ……何せ九つもあるからな。だが一つだけなら」


「グロいからやめて! そんなの誰も食べないわよ!」


「いや、そんなことはない! 基本、捨てる部位がないのもモンスター飯の醍醐味なんだ! ましてや多頭竜のおかしらだぞ! お前にはこの価値がわからないのか!?」


 し、知るかんなもん!

 アスムったらあれだけ温厚だったのに、モンスター飯となると物凄い形相でブチギレてきやがったわ。

 もう病気! 完全なる狂気レベルよ!


 アスムは既にぶった斬り切断られている邪竜の頭部を強引に〈アイテムボックス〉に押し込み収納させた。

 そんな巨大な頭部、よく入ったものだわ。


 だがその時、アスムは「ハッ!」と何かに気づく。


「チッ! 時間切れか――ユリ、ラティ! 二人とも俺の後ろに隠れていろ!」


「え? な、何? 時間切れって何の?」


「魔王城から一時的に追い出した近衛隊だ! 雇った仲間の固有スキル〈偽装誘引フォルス〉で架空の敵を追い回していた筈だが、その効力が切れたようだ!」


 アスムが言うにはスキルの効果は一時間ほどだが、城内と外の至る箇所に自作のトラップを仕掛けていたので敵の数を減らしつつ足止めをしていたとのこと。

 仮に生き残っても体勢を立て直すまで二時間ほど戻ってこないだろうという計算だったようだ。

それで城には誰もいなかったわけね。


 ――てか、あんた。

 そんな微妙な状況にもかかわらず、呑気に邪竜パラノアの亡骸を解体して竜田揚げ作ってたよね? ラティのリクエストに応えておかわりまで作ってたよね? 私を30分も待たせたよね!?

 しかもさっきまで、おかしらをお持ち帰りしようと駄々こねていたわよねぇぇぇぇ!


 どれも超無駄な時間過ごしてただけじゃん!

 逃げるための時間なんて充分にあったわ!


 ……そう怒鳴り散らしてやりたいけど揉めている状況じゃない。

 破滅的なイカレポンチだろうと、ここは勇者アスムに従うべきよ。

 私はぐっと堪え「わかったわ」とラティの手を引き彼の背後に隠れた。


 すると扉がバンと物凄い勢いで開けられる。

 ぞろぞろと武装した魔族の兵士達が入ってきた。

 およその人数30名ほどだ。

 全員が酷く息切れし、何かしらの損傷を負っている。


「貴様ァ、勇者め! よくも我らを謀ったな! しかも姑息な罠を仕掛けまくりおってぇ、絶対に許さんぞぉぉぉ!」


 前頭に立つ、傷だらけの黒い鎧を身に纏いボロボロのマントを羽織る騎士が叫ぶ。

 その騎士は首が存在せず、よく見ると左腕に抱えられた兜の双眸が妖しい光を宿している。


 死妖幽騎デュラハンだ。

 首無し騎士とも呼ばれ、死を予言するとされる妖魔族である。

 どうやら魔王を護衛する近衛隊の隊長らしい。


 デュラハンは右手に握られた身の丈程の大剣クレイモアを軽々と掲げ、鋭い切っ先をアスム向けていた。


「……どうやら三分の一まで数を減らすことができたようだ。想定内というところか」


 アスムは小声で呟く。

 ということは本来なら100名の敵が城に待機していたってこと?

 スキル誘導があったとはいえトラップだけで半数以上も削るなんて……。

 勇者らしくないけど凄くない?


「おい勇者! 魔王様はどうした!? 邪神様は……ハッ、あれは!? 偉大なるパラノア様ぁぁぁぁぁ!!!」


 デュラハンは奥の方で倒れている多頭竜の遺体を目にして声を荒げる。


「邪神と魔王は既に俺が屠っている。お前達の負けだ」


 少し嘘をつくアスム。

 確かに邪神パラノアは斃して肉体の一部を竜田揚げにして美味しく召し上がったけど、魔王ラティアスは半魔族の少女ラティとして私の足にしがみついているわ。

 それにこの子が魔王と知れば連中は何をしてくるかわかったもんじゃないわ。

 ラティの存在はあくまでトップシークレットよ。


「おのれぇぇぇ、勇者めぇぇぇ! 貴様ら殺れぇぇぇぇぇ!!!」


 デュラハンは抱える兜の頭部を真っ赤に染まるほど怒り狂い咆哮を上げる。

 その号令により背後で待機していた魔族兵達が「おぉぉぉぉぉ!」と雄叫びを上げ、アスムに向けて一斉に突撃を仕掛けてきた。


「ユリ、ラティのこと頼むぞ」


「わかりました――〈神聖防御結界魔法セイクリッドバリア〉!」


 最高位聖職者アークビショップである私は聖杖を掲げ、最大級を誇る光属性魔法の防御結界を展開させる。

 円蓋型の魔力バリアが私とラティを覆い、たとえ蟻一匹だろうと侵入が不可能となった。


「変な女神だが頼りになる! これで俺も思う存分に戦える――行くぞ!」


 アスムは横目でチラ見してフッと勇ましく微笑む。

そのまま迫り来る敵を迎え撃つため駆け出した。


 ――てかあんた、今「変な女神」って言ったわね!

 がっつり聞こえてたぞ、おい!



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