突如、幼女の姿に戻った魔王ラティアスを「殺生しなさい」と指示してくる、無茶ぶり主神ゼーノ様。
何でも魔王が存在する限り、新たな災いが再び異世界ゼーノに降りかかるかもしれないとか。
あるいは別の邪教徒共が、またラティアスを利用して邪神復活の生贄にし兼ねないと言う。
いくら魔王としての名残りがある半魔族だからって……なんだか慈悲無くね?
もっと他に対処の仕様があるんじゃないの?
仮にこんな小さい子を締めたら、こっちが邪神だと思われちゃうんじゃないのぅ?
『悪いことは言いません、女神ユリファ! 『ゼーノ』の未来のため、今すぐ勇者アスムにその子供を殺生するよう伝えるのです! でないと大変なことになりますよ!』
しかしゼーノ様は真面目な表情で
パワハラを超えて最早脅迫だ。
ちなみに私とゼーノ様のやり取りは、魔王ラティアスは疎かアスムにも知られていない。
神霊術を駆使して一時的に時間を停止させた、言わば神同士で行われているリモート会議のようなもの。
したがって今のアスム達は時を止められたままの状態だ。
これも神が成せる偉大なる業というもの。
けど、あくまで緊急対応よ。
とはいえ、この白髭爺め!
何てことを私に命令してくるのよ!
そのスキンヘッド、ツルピカに磨いたろうか!?
「しかしゼーノ様、流石にそれは……アスムの話しを聞く限り、このラティアスは既に無力化されております。邪教徒らの生贄で魔王をやらされていたのであれば慈悲を与えるべきではないでしょうか? 他に手立てがあるのではないでしょうか?」
私だって、あんな可愛らしい幼女を殺生させたくないわ。
魔王だった記憶も残ってないのなら尚更よ。
その問いに、主神ゼーノ様は険しい表情を浮かべ首を横に振るう。
『邪神や邪教徒の事情について、流石の私でもわかりません……ですが「無窮の牢獄」にいるパラノアなら何か知っているかも……その辺は私の方で秘かに調べておきましょう』
「ではその間、魔王ラティアスは保留ということですね?」
『ええ構いません。ですがその間は女神ユリファ――貴女は神界には戻れませんよ。いいですね?』
「え!? どゆこと!?」
『えっ、どゆことじゃないです。そのまま放置するわけないではありませんか……貴女以外に誰が魔王ラティアスを監視するのです? 勇者アスムが監視してくれるのでしょうか?』
私は停止してるアスムをチラ見する。
はっきり言って無理ね……。
だって彼、モンスター飯に魅了された狂人だもの。
邪神の肉を捌いて竜田揚げにしちゃうんだよぉ?
それ魔王に食わせているんだよぉ?
まぁ一緒に食べた私も同罪だし実際に美味しかったけどね……。
「ちなみにゼーノ様……監視する期間はどれくらいでしょうか?」
『わかりません。とりあえず牢獄のパラノアに問い質し、その結果次第かと……仮に結論が同じであれば遅かれ早かれの問題。私は貴女に殺生を命じるでしょう』
「そ、そんな……もし、私が殺生を拒んだら?」
『永久に神界に戻れません』
「えええっ、そんなぁぁぁ!?」
どうしてそうなるのよぉぉぉ! こいつ可笑しくなぁい!?
ブラックにも程があるわぁぁぁ!
もう訴えてやるぅぅぅ! って誰に?
『女神ユリファよ。私達神は一個人の事情や感情に捉われるわけにはいきません。世界の平和と調和を保つため、時に全体を見据える大局的な視野も必要となります。それが管理する者達の務めであり使命なのです……貴女も導きの女神として使命を全うすることを期待します』
「……ぎ、御意」
それは、あまりにも理不尽すぎる要求と命令だった。
要するに「魔王を殺すまで帰れません!」という無茶ぶり任務である。
酷すぎる内容に私は憔悴しながらも頷いて見せた。
これも中間管理職の性だろうか……。
『では頼みましたよ――』
ゼーノ様の頭部に浮遊する光の輪が輝きフッと姿を消した。
同時に天井に浮いていた水晶球が床に落ちて割れることなく転がる。
停止された時間が元に戻されたことを意味した。
てか、んなのどうでもいい。
あんなパワハラを受けた後じゃ気分はブルーよ。
なんてことなの……出世や降格どころか、神界に戻れないなんて。
どうしよう……やっぱアスムに
けど流石に頼みにくいわ……。
「どうした、ユリファ? この水晶玉は何だ?」
私が良心の呵責に苛まれている中、アスムが声をかけてくる。
基本は狂人じみているけど根は優しい性格だからか、私の異変に気づいてくれたようだ。
そうよね……一応は説明だけでもしてみようかしら?
私はアスムの手を引っ張り、魔王ラティアスとの距離を置く。
小声で彼にゼーノ様とやり取りした事を説明してみた。
「……なるほど。つまり主神とやらは、俺にラティを
「はい。そうしないと魔王を斃したことにならず、このままだと再び地上に災厄を招くことになるかと……アスムできますか?」
「悪いが俺は食肉目的以外で屠ることはしないと決めている。まぁ例外もあるが……しかし既に言っているが、今のラティは無害な子供だ。たとえ神の命令だろうと俺にはできない。逆にユリファ、あんたにはできるのか?」
「無理です」
ですよねーっ。アスムならそう言うと思ったわ。
つーか食肉目的って……それって邪神パラノアも含まれているのよね!?
この人、やっぱ変よ!
けど殺生を拒む考えは同じね。
ならどうしょう?
このまま私が監視すると言ったって、女神の力を封じた今の状態じゃ限界があるわ。
きっとこの先、邪教徒や魔王軍の残党とかにも目をつけられるだろうし……。
そしてリエちゃん――いえ召喚の女神リエスタが送り込んだ『転移勇者』達もよ!
選抜された彼らの多くは強制的に異世界ゼーノへと召喚されており、「魔王を斃すこと」を条件に主軸世界の地球に戻れることを強要されている筈。
つまり魔王ラティアスが生きていることが知られたら、転移勇者達に狙われ続けてしまうことになる。
とても私一人じゃ無理ゲーじゃない!
「――ならば、ラティは俺が面倒をみる」
アスムは私の心を見透かしたかのように断言した。
「え?」
「俺が二度とラティを魔王にさせない。悪行にも手を染めさせない。あの子を狙う邪教徒共とも戦い守り抜いてみせる。それじゃ駄目か?」
「ア、アスム……」
カ、カッコイイ……ぶっちゃけガチで惚れた。
これよ、これ!
これが真の勇者よ!
何よ、「レッツ、スローライフ! ビバッ、ハーレム願望ッ!」とかって!? ラノベ脳に侵された他の転生者に彼の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ!
――そうよ! できるわ!
ラティアスを守り切り、異世界ゼーノに降りかかる災厄も払い除けることができる筈よ!
よぉぉぉし燃えてきたぁぁぁ!!
ついに最強カップルの誕生よぉぉぉ!!!
「わかりました。ならば私と共にこの魔王ラティアス……いえラティを正しき道へと導きましょう! それまで私も神界に戻らずこの地に留まりましょう!」
本当は「ラティを
それにアスムと目的を共有することで、やがて二人の間で愛が芽生えて恋愛へと発展するかもしれないわ! いえ必ずそうなるでしょうね!
本来なら女神と人間との恋愛は禁止だけど、アスムはゆくゆく神になるのだから関係ないわ!
それに地上ならノーカンよ、フフフ。
これぞまさしく雨降って地固まる。
私はポジティブに捉え密かに心を躍らせた。
――けど甘かったわ。
勿論、ラティをこのまま生かしてしまったこともあるんだけど……。
しかし最も厄介で一番頭を抱えたのは、
勇者アスムという『モンスター飯』に魅了された、病的なほどの狂人ぶりに対してよ――。