まさか邪神パラノアを斃して、従者である魔王ラティアスの方が生きているなんて……。
というか、アスムもなんで魔王に食事を提供しているの!?
まさか「俺は、女は殺せない」とか、そんな理由!?
いやカッコイイよ! うん、イケメンらしくキャー素敵ぃ!
けど、そいつ魔王だよね!? 世界の敵よね!
今流行りのラノベだと勇者でも自分に都合が悪かったら「男女平等」とか言って平気で女子の顔面を蹴り飛ばすって聞いているわ! どんなフェミニストよ!?
「……ユリファ。空腹を知らない女神のあんたにはわからないかもしれないが、俺はたとえ魔王だろうと空腹を訴える者を見過ごすことはできない」
アスムは淡々とした口調で信念を語り始める。
そういえば神界で肉体を蘇生させた時も、私の空腹を聞いていたわ。
まさかそういう意味!?
「ですがアスム、相手は魔王ですよ……何故、そのような情けと施しを?」
「これもモンスター飯の料理人としての性だと思って頂きたい。今の荒んだ情勢では、まともな食材が手に入りにくい。だから現地調達する必要がある。そのための『モンスター飯』と言えよう……幸い、すぐそこに新鮮な食材があったしな」
いえアスムくん、貴方は勇者ですからね!
何もうセカンドライフに走ってんの、この人!
ん? まてよ……新鮮な食材ですって?
私は幼女化した魔王ラティアスの背後にある、謎の黒い物体を凝視する。
よく見ると、漆黒の鱗を持つ多頭の翼竜が横たわっており亡骸と化していた。
しかも一部の肉が抉られているじゃありませんか。
おいおいおいおいおぃぃぃいぃぃぃ!
「――食材って邪神パラノアかよぉぉぉぉ!?」
「そうだが何か?」
アスムはキリっとした表情で首を傾げている。
もうカッコよくしたって駄目なんだからね!
「当たり前でしょ! 普通、邪神を捌いて食べようなんて思わないわ! どうせ捌くなら、そいつが犯した罪を裁きなさいよぉぉぉ!」
「ははは。なかなか上手いことを言うな、流石は女神だ。食材は多量にある、竜田揚げ食うか?」
「食べないわよ! てか私は女神です! 邪神を食う女神なんて聞いたことないわ!」
その瞬間、
ぐ~ぅ
ついお腹の音が鳴ってしまう。
いけない、興奮しすぎたらついお腹が空いてきたわ。
肉体を得ると通常の種族達と同様に生理現象と欲求が芽生えてしまう。
しかも部屋中に立ち込める香ばしい油の匂いが余計にそうさせているみたい。
そんな私をアスムは優しい眼差しで見つめてくる。
やだもう、ついドキッとしてしまうじゃない……。
「腹が減っているんだろ?
「えっ、でも……清き女神が邪神を食べるなんて……それに、どんな呪いの作用があるかわかったものではありません」
「安心してくれ、『魔力抜き』の下処理はしてある。俺はどんな邪悪な存在だろうと、魔物ならば通常の食材として美味しく調理することができる。それがモンスター飯であり、目指す調理人でもあるんだ!」
いえ、アスム。
瞳を輝かせているところ悪いけど、貴方は調理人ではなく立派な勇者よ。
だって一人で凶悪な邪神を斃したんだもの……って、ちょい待って。
そういえば、ずっと彼一人よね? 仲間とかいないわけ?
勇者だもの、普通は仲間とかパーティを組んで魔王討伐に挑むわよね?
ひょっとして仲間は全員斃されちゃったのかしら?
にしては、アスムは平然として呑気に怨敵の魔王に手料理を振舞っているわ。
「アスム、つかぬ事を聞きますがパーティの仲間はいないのですか?」
「ん? 一人雇った
「え? ということは貴方一人で魔王城に乗り込み、邪神パラノアを斃したと?」
「……説明しても良いが、少し長くなる。まずは飯にしよう。空腹のままだとイライラして集中できないだろ?」
言いながらアスムは私の手をぎゅっと握り締めてくる。
きゃ、意外と大胆……けど、ちょっぴりラッキー展開。
し、仕方ないわ。彼の口から詳細を聞くためにも御呼ばれに応じようではありませんか。
まぁ邪神を食べても神界に戻れば全てリセットされますし、不死なので食あたりで死ぬこともないでしょう。
アスムに引っ張られ、私は魔王ラティアスの傍に近づいた。
この幼女、まだ食べている……。
どれだけ腹減っていたのよ。ひょっとして大食幼女?
つーか、あんたが食べているそれ、もろ崇めていた邪神の肉じゃないの?
よく、平然とむしゃむしゃと食べれるわね。
「おい、ラティ。彼女にも竜田揚げを分けてやってくれ。あと俺の分もだ」
「んふぅ、アスムよ。もう残っておらんぞ。それよりおかわりじゃ。もっと作ってたもう!」
この口調と口振り、間違いなく魔王ね……。
てかまだ食うんかい!
アスムは「しょーがないなぁ、待ってろ」と素直に応じる。
とても、先程まで勇者と魔王として戦っていた者達とは思えない。
一見して仲睦まじい兄妹のようだ。
というか、あんた達の間に確執とかないわけ?
「ユリファ、調理しながらで良かったら詳細を説明するが少し待てるか?」
「わかりました。是非にお願いします」
私の返答にアスムは「わかった、話そう」と頷き、邪神パラノアを解体し始める。
腰に携えている二本の
あれ? あれ
――包丁よ!
ちょっと凝ったデザインだけど正真正銘の出刃包丁だわ!
まさかそれが武器なの!?
勇者なのに聖剣とかじゃなく、出刃包丁ッ!?
それでもアスムは意に介さず、手元で包丁を器用に回転させながら解体作業を行う。
強固な鱗を剥ぎ取り、分厚い肉を取り出している。
とてもグロい光景だけど確かに切れ味は抜群のようだ。
取り出した竜の肩肉と胸肉の大きなブロック部分。
それをまな板で一口大に切り刻み、沸騰した鍋の中へと入れた。
「――これは『魔力抜き』技法の一つ、『沸騰抜き』というものだ」
「魔力抜き?」
「そうだ。知ってのとおり、この世界の魔物や種族達の大半は魔力を持ち属性という形で区分されている。また属性には反有利属性があり、特に魔物の血肉は調整された家畜と異なり不向きとされていた」
反有利属性とは「水属性が火属性に有利で、火属性は風属性に有利」といった感じで優劣が循環される法則を意味する。唯一影響されない無属性も存在し、家畜がそれに該当するわ。
アスムが言う『魔力抜き』とは、それらの魔力が宿っている肉を通常の食材へと変える、モンスター飯の基盤となる技法らしい。
「実際に凶悪な魔物ほど死しても強力な魔力が宿り続けているからな。この邪神パラノアの肉は闇属性の魔力が強烈に残っている。俺やユリファのような光属性の者が、そのまま食せば反有利属性で腹を壊し下手をすれば死に直結するだろう。だから『魔力抜き』が必要なのだ」
「へ~えって、アスム。私はその事を聞きたいわけではないのですが? 何故、魔王ラティアスだけが生かされているのです?」
私は問うも、アスムはスルーして説明を続けてくる。
「さらに『沸騰抜き』とは、こうして沸騰させた聖水に魔物の肉を投入させ弱火で煮込み、出てきた灰汁(不要の魔力)を都度おたまで掬い取る作業を言う。こうすれば肉もトロトロで柔らかくなるという一石二鳥だ」
純粋な少年のように瞳を輝かせ、「灰汁を抜くまで10分は必要だ」と語る勇者アスム。
だからそういうことを聞きたいわけじゃないんだけど!
どうしてこんな状況になっているのかを聞きたいんですけど!
やっぱり変よ! 私好みのイケメンなのに超変ッ!
10分後
「――よし、準備は整った! ここからが本番だぞ!」
アスムは気合いを入れ、鍋の中から魔力抜きした肉を取り出した。
そのまま乾いた布で肉を包み、余分な水分を吸収させている。
調理人を目指すと豪語しているだけに、やたらと手際が良い。
けど一向に真相を話してくれない。
というより料理に夢中でド忘れしていると見たわ。
まるで『モンスター飯』という何かに取り憑かれ料理に没頭している。
その光景を前に、流石の私もすっかりドン引きしてしまう。
だ、駄目よ、完全に暴走しているわ。
今のアスムは誰にも止められない。
まさかこれ程までとは……ついさっきまで、あれだけイケメンだとフィーバーしてたのにすっかり萎えたわ。
これが『狂気的グルメ思考』なのね――!