「――まぁいいわ! とりあえずゲットよ!」
私はクリスタルの柱に片腕を突っ込み、『日野 明日夢』の魂を鷲掴み抜き取る。
腕を引き抜き、そのまま床に描かれた魔法陣の上にそっと置いた。
すると魔法陣が眩い光輝を発し、掌サイズだった魂は膨張して人の形へと変化する。
次第に失った筈の肉体が復元されて衣類ごと生成されていく。
おっといけない……身だしなみ、身だしなみっと。
わたしは慌てて椅子に座り、乱れた自分の身形を整える。
魔法陣の光輝が消失すると同時に、寝そべっていた彼はぱちりと双眸を開けて起き上がった。
「目覚めましたね、日野 明日夢さん」
私が声を掛けると、彼は立ち上がり周囲を不思議そうに見渡している。
ふ~ん。
いざ、こうして肉体を蘇生させてみたけど何ていうか……。
普通ね。
その姿は14歳くらいの少年であり学生服を着用していた。
背が低く少し腹部が出ている、ぽっちゃり体形。
長すぎる黒色の前髪で顔立ちはよくわからないけど、どの角度で見てもごく普通の少年だと思う。はっきり言えば地味かな?
でもうん、私は嫌いじゃないし偏見は持たないわ。
けど暴走車から親子を救って死んだとされていたから、爽やかなイケメンを想像していただけにちょっとね……いやちょっとだけよ。
「……こ、ここは? 確か俺は通勤中で車に轢かれて死んだ筈じゃ……キミはいったい誰なんだ?」
明日夢が戸惑いつつ首を傾げて訊いてくる。
それに私を見て頬を赤らませているわ。
フフフ、まぁこの美貌の前では無理もないわね。
艶のある美しく束ねられた
清楚系な顔立ちをした美少女にもかかわらず、このダイナマイトボディの前では男なら誰だって疼きを覚えることでしょう。
「私は、導きの女神ユリファ。日野 明日夢、いえアスムと呼びましょう。新たな身体を得た貴方を勇者として異世界へ転生させる使命を司っております」
「……異世界転生? 聞いたことがある……しかし、どうして俺は学生服を着ているんだ? 見たところ中二の頃まで若返っているようなのだが?」
アスムは当然の疑問を投げかける。ラノベ脳に汚染されてない分、これまでの転生者達より順応性が低いのかもしれない。
「お答えいたしましょう。今の貴方の姿は前世で戻りたい、やり直したいと強く望む時代の姿です」
「……そうか。妹が……
おや? 納得しつつあるわ。思いの外、順応性が高いのかしら?
備考欄どおり「妹大好き兄ちゃん」に間違いないみたい。
「あ、あのぅ女神様……俺が庇った親子はどうなった?」
「え? はい、無事のようですよ。その者らの魂は地球に残されたままですから」
「そうか、それは良かった……」
うん、いい子。凄くいい子だわ……実際の精神年齢は35歳だけど。
それでも今まで転生させた勇者達みたいに「ひゃっほーっ、ラノベと同じ展開だわぁぁぁ! 最高ッ!」などと空気を読まずはしゃぐこともないし、私こういう落ち着いたタイプ割と好きよ。
まぁ異性としては……そこはまずは置いといて。
私はアスムに対し、このまま異世界に転生して勇者として魔王を討ち斃してほしい旨を説明した。
無論、強制ではない。納得せず転生させたって魔王討伐なんてしないからね。
もしアスムが断ったらそれで終わり。彼には昇天してもらい、次の魂を探すまでよ。
一方でアスムはうんうんと首肯しながら聞いており、そして口を開く。
「――わかった。人々に害をなす、その魔王とやらは赦せん……女神ユリファ様、俺で良ければその役目引き受けよう」
「ありがとう、勇者アスム。それでは異世界ゼーノへ転生させましょう!」
私は椅子から立ち上がり、掌から聖杖を出現させる。
「おっと、その前に女神様……」
「何ですか?」
「あんた、腹が減ってないか?」
「え? いえ別に……私は神なので、そういった感覚はないのです」
「……そうか、それは難儀な体質だな。わたった。それじゃ、やってくれ」
いきなり妙なことを聞いてくるけど、まぁいいわ。
わたしは聖杖を掲げ、魔法陣を起動させる。
アスムは眩い光輝に包まれ、そのままフッと姿が消えた。
異世界ゼーノへと誘い転生させたのだ。
しーんと静まり返り、誰もいなくなった部屋。
私は溜息を漏らし、どっと椅子へと腰を下す。
「ふぅ……女神としてキャラを保つのも疲れるわ。けど、あのアスムって子。とてもいい子だし、やる気もあるんだけどなんか冴えない感じで期待薄かな……それに、やっぱり気になるわね」
――狂気的グルメ志向。
結局どういう意味よ?
そういえば空腹のない私に向けて、やたら哀れんだ目で見ていたような気がするわ……。
「まぁいっか。アスムが上手く魔王を斃してくれれば、私は第一級の主神に昇進して、自分の異世界を創造することができる……ようやく夢が叶うってもんよ、フフフ」
などと独り言を呟き微笑を浮かべた。
そうよ、私には崇高な夢がある。
少し前にも触れたけど、主軸世界『地球』を中心に多くの主神達が創造した異世界が存在するわ。
私達下々の神達は、最高位とされる第一級で主神が管理する異世界を守り各々の役割を全うすることで、神格の階級を上げて主神を目指している。
そのために主神のパワハラや無茶ぶりに耐え日々頑張っているのだ。
ちなみに私が主神になった暁には、イケメンだらけの『異世界ハーレム計画』を創造してやるわ。
私が創造した異世界のイケメン達がこぞって、「尊く美しいユリファ様、万歳ぃ!」っと羨望し祀ってくれるってわけ。
今から涎、いえ偉大なる大業に心が躍るわ、フフフ。
――それから五年の月日が経った。
未だに魔王は健在だ。
おかげで異世界ゼーノは、いよいよ崩壊寸前に陥っている。
あと一年保てるかどうか……。
「女神ユリファ! 貴女が導いた勇者はどうなっているのです!? このまま私のゼーノが滅んでしまったら、貴女は降格じゃ済みませんよ!」
がっつり主神ゼーノ様から怒られてしまった。
何よ! 私悪くないもん!
悪いのは全てラノベ脳に侵され、好き勝手やっている勇者達だもん!
あれからも何人か勇者を導き転生させたけど、どの子もぱっとしない。
てか魔王の侵略で信仰が薄れた今じゃ、勇者達の動向が掴めず何をしているかさっぱりよ。
「あれれ~? ユリ先輩ぃ、いつまで魔王をのさばっているんっすかぁ?」
そんな中、第三級の女神であるリエスタがニヤつきながら絡んでくる。
見た目はとても小柄で緑色の長髪をツィンテールにした可愛らしい、スレンダー系の美少女だ。
けど貧乳が彼女のコンプレックスなのか、こうして後輩キャラを装いながらナイスバディの私に何かと食って掛かってくる。
リエスタは『召喚の女神』であり、私と同様に異世界ゼーノの調和を守るため、生きたまま地球の人間を召喚させる所謂『異世界転移』系の女神であった。
「……リエちゃんの勇者達だって、まだ魔王を斃せてないでしょ?」
「あら? ウチが本格的に『魔王討伐』の任を与えられたのはつい最近っすよぉ? かれこれ何十年も頑張って未だ成果も出せない先輩とは違うっす」
「何十年じゃないもん! およそ10年だもん!」
「……あんま変わんないじゃないっすか。まぁ、今回ウチが転移させた勇者達はガチの優秀ばっかなんでぇ、あと半年もあれば超よゆーっしょ? んで魔王討伐したら、ウチが第一級神へと昇格っす! じゃね、ユリ先輩ぃ~。残りの期間せいぜい足掻いてくださいっすぅ!」
へらへらと嘲笑しながら、リエスタは去って行く。
いちいちなんなの!? ほんとムカつくわ!
もう、見てらっしゃい! 私が転生させた勇者だって……勇者だって……ゆぅ……やっぱ駄目ね。
どうせ異世界が崩壊する寸前だってのに「スローライフ」とか呑気ブッこいているんでしょ?
ラノベ脳ヤバすぎしょ。
そう、この時。
私は送り出した、勇者アスムのことをすっかり忘れていた――。