「導きの女神ユリファ、まだ魔王を斃す勇者は存在しないのですか?」
あらゆる世界を超越し管理する神界にて。
私は今日も主神ゼーノ様に呼び出されて催促されていた。
(……この白髭、うざ。私が悪いわけじゃないでしょ? 全て地球のオタク文化とやらのせいじゃない)
口に出して言ってやりたいけど、流石に相手は上司である第一級の神。
胸元まで蓄えた真っ白な口髭に恰幅の良い体形とスキンヘッドの頭上には光の輪が浮いる。さも「わしゃは神様じゃ」と威厳を放つ風格は伊達じゃない。
第二級の女神である私では頭が上がらないわ。
「申し訳ございません、ゼーノ様。地球から適正の高い魂を選抜して、勇者として転生させているのですが……そ、そのぅ、皆、自由奔放と言いましょうか。本来の使命を忘れ、我が道を行く者ばかり。正直、導くにも難航しております」
「それは以前から聞いています。しかしこのまま奴らをのさばらせておけば、我が『世界ゼーノ』が滅亡してしまうでしょう。事態は急を要していることをお忘れなく」
見た目はお爺ちゃん風の神様だが声質が若々しく物腰は柔らかい。
けど圧が半端ない……しかも鋭い眼光で私を睨んでくる。
所謂パワハラってやつね。
私は導きの女神ユリファ。
主神ゼーノ様が創造した異世界『ゼーノ』と並行する主軸世界『地球』から勇者となる人間を転生させることを役目としている。
勇者は『地球』で不遇の死を迎えた強き正しき念を持つ魂が望ましく、私が選抜して地上世界へと導いていた。
理由は冒頭でゼーノ様が仰ったとおり、魔王を討ち斃し世界の調和を正すため――。
そう、以前から異世界ゼーノは魔王の出現と侵略により崩壊の危機を迎えていた。
魔王とは世界を蝕む凶悪なウイルスであり、存在してはいけないバグのような欠陥品と言える存在。
本来なら私が転生させた勇者達が、魔王を探し討伐することがセオリーなのだが……。
つい最近、いえずっと前からね。地球、特にお得意先とも言える日本では、あるオタク文化の書物が流行していた。
娯楽小説ジャンルの一つ、ライトノベルだ。
特に異世界転生モノは王道とされ人気を博しているとか。
おかげで私が転生する者達は日本人が大半であり、彼らは非常に順応性が高く抜群の適性力が備わっていた。
――が、逆に馴染み過ぎてヤバい感じになっている。
宿敵の魔王を討つべく転生させたにもかかわらず、「勇者を目指さず、スローライフを目指します!」とか言い出し、「テンプレの美女達とハーレムを作ります!」だの「前世の傷を癒すため、のんびり異世界旅行!」などと抜かし、本来の使命をほっぽいて自由を満喫する始末。
どうやら彼らの時代で流行った「異世界転生モノ」の大半がそんな感じであり、もろその影響を受けた連中ばかりだった。
いやあんた達、わざわざ何のために転生させたのよ!
可笑しくない!? そんなの魔王斃してからでいいじゃん!
そう何度か転生者達の夢の中でコンタクトを取り訴えたけど、全て無視でスルーされたわ……酷い。
挙句の果てにはゼーノ様に呼び出され、さっきのパワハラぶりよ。
マジあり得ない。てか私、悪くないよね?
けどゼーノ様がお怒りになるのもわからなくもない。
流石に5年も経過して一向に成果がなければ愚痴の一つも言いたくなるわ。
だから決めたの。
次に転生させる魂は、そういった影響を受けていない人間にしようと……このままじゃ神の位を降格されちゃうからね。
けど、これがなかなか難しい選別だった。
やはりオタク文化に浸かっている魂の方が異世界の文化に溶け込みやすく、高度な魔法や固有スキルを獲得しやすいのも事実。
しかも不遇の死を遂げた者でなければ異世界転生すら難しい。
生前である地球の生き方に未練を残している――『強き念を宿した魂』という条件を満たせないからだ。
何せ、異世界ゼーノは主軸世界『地球』と違って危険なモンスターが蠢く劣悪な環境の世界よ。
並みの魂じゃ耐え切れず即リタイヤね。
あっ、でも「スローライフを目指す」とか「ハーレム満喫」とかで脱線している連中はどーよ?
――っというわけで。
今日も私は『魂の選抜』作業をしている。
あまり変なのばっか転生させると異世界ゼーノが大変なことになるから、最近じゃ年に一人と決めているわ。
第二級神の部屋で、ずっと一人で引き籠っている。
中央には透明色の大きなクリスタル状の柱が立っており淡い光を宿していた。
柱の中には蛍の光を彷彿させる球体が幾つもゆらめき天へと昇っていく。
それらは地球で死んだ者達の魂だ。
昇っていく先には『浄化領域』へと繋がっており、そこに到達すると魂は完全に消えて別の存在へと転生されていく。
そうなる前に導きの女神である私が抜き取って、異世界の勇者としてスカウトしなければならない。
「まずは不遇の死をとげた魂の選別からよ……二股とか浮気で刺されて死んだ輩は論外ね。とっとと昇天しちゃえばいいんだわ」
普段は丁寧でお淑やかな女神の私でも、誰もいないとすぐ素の口調となってしまう。
数時間後。
次第に目がしょぼしょぼと疲れてきたわ……神様の癖に疲労するとか可笑しいわよね。
けど本来は精神体の神でも、ここ神界では実体化したイメージの個体となるのよ。
じゃないと互いが曖昧となって誰だかわからないでしょ?
部屋や道具も同じで識別するための複雑な術式で実体らしく構成されているわ。
無論、神様は死なないし不老不死だけど、精神的に追い込まれ病むと闇堕ちして『邪神』になることだってあるんだからね。
「~んぐぅ、駄目よ、駄目駄目駄目……どれも、ろくな死に方してない者ばかり。因果応報とはいえ大丈夫かしら今の日本?」
愚痴りながら乱れた
なんだかブラック企業で社畜している気分ね……いや私、女神だし。
「――ん?」
ふと私はある魂に注目する。
魚群のような光から、一つだけ動きが異なる魂だ。
まるで集団の輪に染まらず、我が道を行くような信念のある孤高の動き。
この魂、なんとなくだけどキュピーンと感じるモノがあるわ。
女神の《鑑定眼》により、その魂をじっと見つめる。
性別:男
死亡時年齢:35歳
職業:サラリーマン
死因:煽り運転で暴走する自動車から親子連れを助け死亡
性格:温厚、真面目で正義感と使命感あり、ただし興味あること以外の感情は極めて希薄
備考:妹大好き兄ちゃん、狂気的グルメ志向
ふむ、悪くないわ。
死因も不遇としか言えないし、親子連れを助ける動機が好ポイントよ。
性格も良い感じだし、勇者に的しているわ。
また「興味あること以外の感情は極めて希薄」という点も容認できる範囲ね。
きっとクールな性格なんだわ。
人格は転生した後の
あまり鈍感でだらしない性格だと、覚醒する固有スキルにも影響するのよ。
「ラノベ脳に侵されてないようだし、この魂ならいけるかも……」
でも、あれ?
備考欄の、
妹大好き兄ちゃん……まぁ、この辺りは良いわね。
けど、
――狂気的グルメ志向
……。
って何?