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第34話「無題」6(二月六日~二月十二日)――笠地蔵六140字小説

笠地蔵六 @kasajizorock


初体験を語る輩が増えてきた。ホントかどうかは知らんけど。

きみの周りにいる無風状態の仲間がそうこぼしている。でも、きみも感じていた。三年間クラス替えの無い特進コースで堅物扱いされてた優等生女子たちの数人が、三年に上がる春休み明けに突然垢抜けてきたことを。きみのクラスチェンジはいつ?

―――――午後6:54 · 2023年2月6日



クラス女子の総スカンも、二年も経てば流石に消える。きみのポジションは人畜無害のそこそこイイ奴。女子からの相談なんかも結構受ける。

短大に入った先輩との接点がいつまで経っても見出せないきみは、すでに枯れたオヤジと化している。残された手は、弟に負けない学力を付けて一流大学に入ること。

―――――午後8:02 · 2023年2月7日



弟と一緒に受けた模試で、現在地の差を思い知らされた。彼の立ち位置は全国受験生のトップ集団。一方のきみは、一流私大のC判定。二年余りでつけられた差は、想定をはるかに超えていた。まるっきり遊んでたつもりは無いのにと歯噛みするきみ。だって、弟の方は一年ごとに新しい彼女を連れてたんだぜ。

―――――午後10:10 · 2023年2月8日



きみのセンター試験の結果は、正直言って思わしくなかった。自己採点で七割を切るレベル。弟の九割との差は歴然だ。国の最高学府を狙う彼と勝負するなんて意味が無い。そうわかってはいても、すぐ横にいるきみはどうしたって意識せざるを得ない。

せめてもの一流私大狙いは、全て空振りに終わったね。

―――――午後10:25 · 2023年2月9日



毎朝一緒に家を出て、都内に向かう弟とは逆方面の予備校に通い続けたきみ。常に音楽を聴きながら過ごしたきみは、一年間ほとんど喋らなかったね。電話もしないしメールも手紙もしたためない。でも、模試の成績は上がらなかった。

前年よりも目標を落としたきみは、ようやく駅弁大学という居場所に出会った。

―――――午後8:29 · 2023年2月10日



受験会場からの帰り道、きみは慣れない雪で転び脚を痛めた。受験ときみは、相当相性が悪いらしい。今回の救いは終了後だったってことかな。

合格を確認した翌日の夜、級友に祝われた帰り道の停車駅で、きみはあのひとを見かけた。ホームを歩く笑顔の先輩。松葉杖を手に、きみはシートから立ち上がる。

―――――午後8:05 · 2023年2月11日



杖を突いて立ち竦むきみの視線の先を先輩が横切っていく。隣りに歩く長身の男性に笑顔を向けて。声を出せないきみはただ見送るだけ。腕を組んで歩く先輩たちの後姿が遠ざかっていく。ベルが鳴り、扉が閉まった。きみはシートに腰を落とす。終わりとはじまり。そんな言葉が頭をよぎる。前を見なくちゃ。

―――――午後9:23 · 2023年2月12日


(了)


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