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第33話 瑞稀、立春(三) ―福岡 2023.2.6~11―

 月曜日の夜、今週末十一日、十二日のオフ会についての詳細が谷下さんから送られてきました。参加メンバーは谷下希やしたさん、清水香凜しみずさん、星野木佐ノさのさん、それに私の四人。行き先は最前からのお話の通り、神戸。東京にお住いの清水さんと本州西にお住いの谷下さん、さのさんとの中間で選ばれた会場です。福岡の私からも、距離はあるけど移動時間はほぼ同じ三時間程度ですから、とても公平でバランスの取れた会場選びだと感心します。それに、一度は行ってみたいと思ってた街ですし。

 お三方が投宿されるビジネスホテルにも、運良くツインの部屋が取れました。だから私は、行きの新幹線からホテルのチェックインまで栄さんと一緒。そのあとは三宮で谷下さんたちと合流します。栄さんはそのまま翔子さんのところに向かうそうなので、私たちオフ会とは別行動。夜は、先に帰ってきた方が部屋を開けてツインルームで一泊し、翌日は、谷下さんたちが了承されるのであれば栄さんも加えての神戸観光となります。

 もう、楽しみというほかありません。こんなにわくわくするの、中学の修学旅行以来かも。しかもあの頃とは違って、管理する先生もいないから全部自分たちの思いのまま。オトナの旅行って、行く前からこんなにも楽しいものなんですね。谷下さんからは、ホテルで部屋飲みするからそれ用のおつまみを何かひとつもってきて、と注文されました。お友だちと部屋飲み! 楽しみ過ぎます。みなさんをあっと言わせるもの、探しとかなきゃ。


 今朝ニュースで聞いた話では、トルコで大きな地震があったそうです。そのような大変な目に遭ってる大勢の方々が世界にはいるというのに、私はこんなにも胸躍らせてていいんでしょうか。そんな胸の痛みも一瞬だけ感じますが、楽しめるタイミングを見逃さずに満喫しようとするのは、きっと間違ったことではない。そう切り替えます。



 そうそう、金曜の夜の栄さんのお話も。

 栄さんから略奪婚した形となる翔子さんですが、数年前(灰田課長がうちに入社された年)に離婚され、今も神戸のご実家にお住いということで、先週の中頃に栄さんがメールされたのだそうです。そうしたら、すぐに翔子さんの方から返信があって、逢いたいって言われたんだとか。

 栄さんにしても、もう十年以上も連絡を取り合っていなかったとはいえ、大学の四年間をずっと一緒に過ごしてきた親友なワケですし、逢いたくないはずがありません。灰田さんとの結婚にしたって、あの流れからすれば止むを得ないことと納得してるだけに、ここで会うのを断るなんて答えは有り得ない。なぜ灰田さんと別れてしまったのかを残念に思う気持ちと、灰田さんがいないことで感じる安堵感がぜのまま、栄さんは近いうちに予定をつくると伝えたんだそうです。


「だけん瑞稀の神戸行きん話は渡りに船なんやと」


          *


 旅行前日は朝から雨。でも東の方はもっと酷くて、東海や関東は大雪の予報まで出ていました。首都圏が極端に雪に弱いことは私でも知っています。実際、中学卒業まで住んでいて、雪に降られた記憶はほとんどありません。

 私たち西軍の移動は問題なさそうですが、東京から来る清水さんは今頃新幹線のダイヤの乱れを心配されてるのではないのでしょうか。自分は雨女だからと仰ってたさのさんなど、無用の責任を感じておられるに違いありません。


「所詮地球さんのやること。うちら寄生虫がごちゃごちゃ言ってもなるようにしかならん。せいぜいトルコさんみたいなんはご勘弁って呟くのが関の山やって」


 昼休みに送った私のLINEに、栄さんはそう応えてきました。流石です。感化されやすい私の気分はいとも簡単に修復されます。

 安心した私は、空き時間を利用して『白い部屋』の最後の仕上げに戻るのでした。


          *


 あとの楽しみが控えていると、仕事する手も捗ります。その日の業務を時間内に片付けた私は、家路の途中でお土産探しに向かいました。雨も昼過ぎに止んでいたので、天神から渡辺通りまで足を延ばします。お目当ては「たべごろ百旬館」。前に食べたことのあるオイル漬けのチーズが絶対喜ばれると思ったから。

 今回はサプライズで例のレモン酒を持って行くつもり。昨日試してみたら、皮の苦みがほんのり残っているものの充分に飲み頃になっていたから、空き瓶に詰め直しておいたのです。せっかくなので、オリジナルのラベルも貼り付けて。現地で炭酸と氷を買えば、レモンサワーの出来上がり! そして、しゅわしゅわのレモンサワーには、ちょっぴり塩気の強いあのオイルチーズがばちっと合うはず。

 新参者が顔を憶えてもらうには、そのくらいのインパクトは用意しないとね。


          *


 JR博多駅の新幹線中央口前で待っていると、向こうから栄さんが走ってきました。


「もうしわけなか。準備に手間取ってこげん遅うなってしもた」


「おはようございます栄さん、時間ならぜんぜん大丈夫ですよ。まだ十分以上あるし」


「そん十分で通りもんとめんべい買わないかん。瑞稀はどっちにしたと?」


 勢いそのままに土産物売り場に向かう栄さんを、私もキャスターバッグを引きながら追いかけます。


「通りもんにしました。辛いのが苦手な人がいるとなんなんで」


「無難な判断やな。うちは両方にしとこ。翔子は辛かと好いとったし、お子もご両親もおるけん」


 そう言いながら、栄さんはかごにビールも入れています。



 午前十一時十五分、私たちを乗せたのぞみ二十四号東京行は定刻通り博多駅を出発しました。

 さあ。いざ、神戸へ。

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