息つく暇もない月末のばたばたを乗り越えて、ようやく二月も三日です。今日は節分。
火曜日からこっち今日まで毎日残業続きだった私の精神安定剤は、夜ごとのスペースでした。お馴染みになったスピーカーさんたちの楽しいお話を聞き、たまには自分も上がって雑談に混ぜてもらう。そんな余暇があるなんて、ほんの数週間前まではまったく知らなかった。もちろんツイッターの中だけの匿名のやりとりだから、お話の内容は罪のない表層レベルのものがほとんど。でもそんな高校生の雑談みたいなのが、日々の仕事でささくれだったメンタルの癒しになってくれるなんて思いもしなかったのです。
それに、時折挟まれる小説のお話もタメになる。流石は創作畑の方々だけあって、みなさんご自身の執筆活動で得た考え方や方法論をお持ちなので、私のような駆け出しにはすべてが金言です。書籍化された作家さんだけじゃない。十万字の長編を何本も書き上げられたような方々がこの世の中にこんなにもたくさんいらっしゃるなんて、今までの私はまったく知らなかったのです。みんな凄いなあ。
一昨日には谷下さんからDMが来ました。例のオフ会のことです。場所と日程が決まったとのことで、改めてお誘いを受けました。自分で決める初めての旅として、私は参加をお伝えしました。メンバーは、私と谷下さんの他にふたり。私も含め誰一人リアルで会ったことのない人同士が、誰の馴染みでもない未知の街で出逢い、歓談する。そのイメージのワクワク感だけで、楽しい気持ちを保ち続けられます。
そうそう。蔵六さんとのリプの応酬も、またありましたっけ。昨日彼が呟いていた「穴が空くほど読みまくった漫画十選」というハッシュタグにコメントを残したら、それをちゃんと拾ってくれたのです。
聞いたことも無い作品名ばかりが並ぶリストの中で、蔵六さんは私にひとつの作品を薦めてくれました。
『ぼくらのよあけ』
今井哲也さんという漫画家さんが描いた全二巻のジュブナイルSFです。
『白い部屋』を書いている私なら絶対に楽しめるはず、と強く推してくるのです。調べてみたら、作品自体はちょっと古いのですが、去年突然映画化されたらしく、その筋の人たちに愛されてる感がありありでした。だもんで、さっそくkindle版を注文しちゃった。今夜はこのあと栄さんと逢うことになってるからちょっと無理だけど、週末には読むつもり。
とか言ってるうちに、もう九時半です。栄さん、今夜はひさしぶりにカウンターの内側だというので何時に伺ってもいいのですが、いくらなんでも閉店時間の十一時ぎりぎりというワケにはいきません。そろそろ出掛けないと。
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「そのオフ会、うちも一緒に行ったらあかん?」
閉店間際のパークライフで、カウンター越しに栄さんが言ってきました。オマケで出されたいつもより小ぶりのコロッケを頬張っていた私がすぐに答えられないでいると、顔の前で手を振りながら栄さんが言い直します。
「や、そん集まりまで寄ろうってワケではなかと。ただそん街まで、うちも行ってみようかて思うだけ」
「そりゃ、栄さんが一緒に来てくれたら、私も心強いですけど」
やっとコロッケを飲み込めた私はそう答えました。急いだので少しやけどしちゃった。氷だけになってるジョッキを掴み上げ、底に溶けた僅かな水で口の中を冷まします。栄さんが新しいハイボールを差し出してくれました。助かるけど、これ全部飲んじゃって大丈夫かな、私。
「メール送ったんよ、翔子に」
内側から身を乗り出して空きジョッキを引き取りながら、栄さんは続けます。
「ミツルが……、灰田さんが教えてくれたんよ、アドレスな。で、送ってみたと。十五年ぶり? そげんしたら返事が届いたと。会いたか、って」
後ろの棚に持たれて天井を見上げる栄さんは、呟くように言いました。
「その街におると。翔子は」