「月波さん、こんばんはー」
「はじめまして、ですよね。月波さん、こんばんは」
谷下さんと清水さんが声を掛けてきてくれました。月波を名乗ってはいるもののその名前で呼ばれるのははじめてだから、最初のひとことが上手く出てきません。
なぁんて転校したての高校生みたいなこと、あれから十年も経ったのに言ってられません。もちろん私も普通にご挨拶しますよ。
「こんばんは、はじめまして。月波です。初スピーカーなのでよろしくお願いします」
「月波さん、上がってくるのははじめてですか。こちらこそよろしくです。今ね、谷下さんと行ってみたい街の話してたんですよ」
「そうなの。私は神戸と京都、清水さんは大阪と福岡って」
「あ、わた……じゃなくてボク、福岡ですよ」
「月波さん、ボクっ子キャラいただきました。は、いいとして、あぶないですよ。そんなに簡単に居住地晒しちゃ」
「そうそう。どこに怖ぁい特定班がいるかわからないから」
なるほど。そういうものなんですね。ネットの世界って。
「ありがとうございます。気を付けます。ネット社会は素人なんで、びしびしご指導ください」
「月波さん、かわいい!」
「あと年齢とか学校とか聞いてくる人がいたりするから、そういうのは答えませんって言っちゃっていいですよ」
「そうそうそうそう。彼氏いるかとかどんなとこ住んでるとか誘導してくる人もいますしねぇ」
「その手の個人情報は基本ぜんぶNG。とにかく個人情報に関しては相当意識しといた方がいいですよ、ホント」
「まあ福岡くらい人の多いとこであれば、簡単には特定できないから大丈夫だと思いますよ。大阪とか横浜とかって云ってる人たちもいますから」
谷下さんの言葉で少し救われました。私、のっけから大失敗しちゃったかと思って。スペースってこわい、みたいな。
「そうそう。それに聞いたのも僕と谷下さんのふたりだけですしね」
「聞かなかったことにしますよぉ」
「お手数をおかけします。ネットでの交友とかって、やっぱりルールが違ってたりするんですね」
「いや、基本はおんなじですよ。ちゃんと相手の話を聞いて、普通に答えて、みたいな。そうですね。ばっさり否定とかしないとか、自慢話は避けるとか、そういうのは気にします」
「え~? 清水さん、いつも飯テロで美味しいもの自慢してくるじゃないですか」
「それは谷下さんが貼り付けてくるお洒落パスタに迎撃してるだけですから」
おふたりは笑い合ってます。そうか。そうですよね。テキストや声でしか接点のない相手とコミュニケーションを取ることだって、違うのは情報量の差だけで本質的には同じことなんですね。やりとりを重ねて相互の理解が深まれば、きわどい冗談だって言い合えるし軽い否定だってちゃんと通じる。
「すいません。なんか話の腰を折っちゃったみたいで」
「ぜんぜん。それより月波さん、福岡だとお奨めの美味しいものはなんですか?」
「清水さん、大阪と福岡を選んだのは美味しいものがいっぱいありそうって理由だから」
明るい口調の清水さんの質問に谷下さんの笑い声が被さります。私もだんだん楽しくなってきました。今度は落ち着いて、一人称を間違えないように……。
「ボク、そんなにお店とかは詳しくないんです。友だち少ないし、まともに街歩き出したのはまだ一年くらいですし。あ、でも最近はちょっと通ってるお店があるんですよ。カウンターがメインの洋風居酒屋みたいなとこなんですけど、コロッケが美味しいの」
「お。いいですね、コロッケ」
「コロッケ、私も好き。どんな感じのですか? 大きいの?」
「おっきいです。マリア様にお祈りするときの両手くらい」
上手い形容が浮かばなかった私は、咄嗟の思いつきでそう答えました。
「それって恋人繋ぎ、みたいな?」
清水さんの素早い返しに、私もそうそう、と戻します。絵面イメージの伝達って面白い。連想ゲームみたい。
「普通のカップル? それとも百合? もしやBL?!」
「BLは大き過ぎでしょ」
このサイズ感、面白過ぎです。
「高校生くらいの普通のカップル、かなぁ」
私の答えにふたりとも爆笑してくれてます。嬉しい。
「そのサイズの丸いコロッケなんですが、真ん中にチーズが入ってるんです。これがもう、やけどしそうに美味しくて」
「わかる! その言い方。京風たこ焼きもそんな感じ」
そんな風に盛り上がっていたら、三々五々に人が集まってきました。ほとんどは見たことのあるアイコン。おふたりに馴染みの方々がスピーカーとして上がってきて私に挨拶してくれます。無難に受け応えしてる自分を傍目で見てたら、月波はレベルアップした、という吹き出しが頭の上に現れたような気がしました。
*
水曜夜の初スピーカーに味を占めた私は、初心者の勢いで木金も上がって会話を楽しみました。スペース、楽しい! 自己肯定感がどんどん高まるのがわかります。
*
金曜日の夜の日付が変わる前、スペースを終えたすぐあとに谷下さんからDMが届きました。公開されたツイッターとは違う完全にプライベートな一対一のメッセージも、ここ数日で十分に仲良くなった気になってる相手からであればワクワクしかありません。期待感だけで開いたスマートフォンの画面には、こんなメッセージが認められていました。
谷下希
月波さん、こんばんは!
さきほどは楽しいお話ありがとうございます。
ところでなんですが、
オフ会とかあったら、月波さんはご参加されますか?
実は今、清水さんやさのさんたちとの小人数でのオフ会が計画されているのですが、私としては月波さんもお呼びして女子トークしたいかな、と思っています。
二月中旬の土日を考えていますので、お考えを聞かせてもらえると助かります。
私は西の方で清水さんが東京の方なので、会場は中間地点になると思います。福岡の月波さんには少し遠いかもしれませんが、来ていただけたらきっと楽しい時間になるはずですので、ご検討いただけると幸いです。
それでは、良い週末を
―――――午後11:42 · 2023年1月27日
どうしましょう。
ワクワクが止まりません。