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第16話 笠司、大寒(二) ―杜陸 2023.1.23~24―

 見直しはいくらやってもキリがない。徹夜で手直しした卒論の仕上げをもうこの辺で終わりと決めて、提出先のGoogle Formに乗せる。


「いってこーい!」


 そう叫んで送信を押す一月二十三日月曜日の午前七時。あとは野となれ山となれ。勢いよくノートパソコンを閉じた僕は、そのまま首まで炬燵に潜り込んだ。


          *


 目が醒めたら昼過ぎになっていた。雪が降っているのか、外の音がまったく聞こえてこない。亀のように炬燵に潜り込んだままの僕は軽く寝返りを打つが、肩先すらも掛け布団から出す気にはなれない。このぬくぬくの小世界でなら、いくらでも寝直せる気がする。

 卒論の無い目覚めはこんなにも気楽で満ち足りたものなんだと改めて思った。



 とはいえ空腹はやはり耐え難い。仕方なく立ち上がった僕は、鍋とやかんを火にかけて、ラーメンでもつくることにする。もやしと葱と小松菜と。二枚残っていたロースハムも載せて。


 台所の熱とストーブでだいぶ暖かくなった居室に戻った僕は、ラーメンを食べながらPCを開いて掌編コンテストの作品なんかを読んでみる。出品こそしたけれど、卒論にかまけてぜんぜん見に行ってなかったから、自分のがどのくらいの位置にいるのかもわかってない。主催者がまとめてくれて見やすくなったnoteを見ると、作品数は百七十八作にもなっている。これは心して人の作品も読み進めないと。



 五百文字というのは本当にサクサク読める。あたまからつらつらと読んでいるけど、上手いひとは世の中たくさんいるんだと改めて思った。僕のに対するいいねの数はたいしたことないけれど、コメントが付いてるのは嬉しい。そう。そういうことなんです。などと声に出して応えながら読んでしまう。


 そんな中、気になったのが一篇。

 取り立てて上手いワケではないんだけど、物語のスタンスが僕の百四十字連作のそれと被ってる気がした。


『恋の盛衰(半年周期説)』


 たぶん女性の作品。恋の具体的なはじまりから崩壊の予兆までのモノローグという形式だが、おそらくは彼女自身の経験をなぞったものだろう。僕の連作と同じ匂いがする。


 請われてつきあい始めた恋愛初心者の彼女は、最初の二か月間でひと通りの楽しさを知る。でもその体験の中で彼女が一番興味を持ったのは彼がしているひとり暮らしという生活様式だった。発起して実家を出た彼女は、同棲をほのめかす彼の提案を断って念願のひとり暮らしを開始する。自由になる空間と時間を手にした彼女はそのパーソナライズに気持ちを奪われ、いつしか彼との時間を余分なものと考えるようになっていた。


 そんな話だ。そのあとの彼女と彼がどうなったのかは語られていない。五百字という制限ですべての顛末を書こうとすれば、単なる事実の箇条書きにしかならないだろうから。

 でも僕には、そして読者には想像ができる。彼らの恋は半年を待たず色褪せて、一年もすれば消滅してしまうだろうと。おそらくは初めての恋を失った今の彼女が、その時代を回顧してどう感じているのか。一番重要なのはその部分じゃないのか。


 作者に聞いてみたい気もする。このコンテストに参加するくらいだからツイッターはやってるに違いないけれど、匿名という性格上アカウントを特定することは難しい。この企画って終了後のその辺の公開はどうするつもりなんだろう。

 とりあえず応援の意味も込めて、引用RTをしておこう。


          *


「不肖正親まさちかが三先輩の無事の卒論提出を祝して、乾杯の音頭を取らせていただきます。それではみなさん、ご唱和を」


「「「かんぱーい!」」」


 十個余りのグラスやジョッキがそこここでぶつかり合い、喉を鳴らす音が重なった。ほどなく、収斂していた空気が全員ほぼ同時の盛大な吐息とともに弛緩し、さんざめく会話の島々となって散っていく。僕も隣のツジ長田ダダとの近況報告を再開した。


 サークルの飲み会は本当に久しぶりだった。というか、メンバーと顔を合わせるのもほとんど一か月ぶり。先月半ばの忘年会からこっち、サークル関係で会った人と云えばカジ先生くらいなもんだ。同期のツジは工、長田ダダは教育とそれぞれ学部が違うから、年末年始の追込み時期はやつらも卒論に追われていたはず。だから今夜の会は、そのお疲れ様の意味も含めて三年の正親サッチーたちが開いてくれたのだ。

 実際このサークル「SF&ファンタジー研究所ラボ」、略称SFFLは、大仰なその名とは裏腹にまったくと言っていいほどなにも活動をしない。学祭には出ないし会誌も二年程止まったまま。以前は双璧とまで言われたお気楽ゲームサークル「戯れ会」がゆかりんらの活躍で一気に人気サークルに駆け上がったのに比べ、我らがSFFLは未だ文科系サークルコミュニティの最下層を漂っている。三年前の二月に開催された東北SF大会の幹事会だったのが嘘のようだ。

 しかしまあ、大学生のサークル活動の沈滞化は僕らに限った話ではない。あの大会があったちょうどその頃から世界中に広がったCOVID19コロナの所為で、僕たちの不要不急のコミュニケーションネットはずたずたにされたのだ。

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