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第5話「無題」1(一月一日~八日)――笠地蔵六140字小説

笠地蔵六 @kasajizorock


求めよ。さらば与えられん。

きみはこの言葉を教会で聞いた。夏休みの帰省先。弟と二人、四つ年上の従姉に誘われて。マタイ伝の七というのがゲームの呪文みたいだったけど、小二のきみにはよく意味はわからない。ただ、ステンドグラスに照らされた従姉の横顔を見て、来てよかったって思ったんだよね。

―――――午後6:00 · 2023年1月1日



いつからだろう。きみが弟と遊ばなくなったのは。

きみらは小さな頃から一緒だった。寝るのも一緒、起きるのも一緒。好きな食べ物もゲームの好みも。だって双子だからね。

最初に変わったのはあのとき。小二の終業前にきみは車に跳ねられた。ふた月遅れで進級したきみが見たのは、クラスで人気者の弟。

―――――午後5:58 · 2023年1月2日



転校生が教室に馴染んできた。ピンクのデニムスカートがトレードマークの涼しい目をした女の子。身長普通で脚も早くないきみは、勉強こそできるけどモブのまま。彼女はあっという間にカースト上位。自信が無いから告白なんて夢の夢。中学になったら勇気出すと決め、きみは密かにパワーリストを買った。

―――――午後10:15 · 2023年1月3日



今日の体育は水泳。きみは苦手じゃないけど得意でもない。でも背泳ぎならいけるだろ。温水プールで特訓してたから。

「今日は平泳ぎでタイム測るぞ」

あれ、話が違う。結果は散々。ジタバタするきみの隣を蛙のように過ぎていく双子の弟がプールサイド女子の声援をひとり占め。むろん、あの娘の賞賛も。

―――――午後10:06 · 2023年1月4日



卒業式。ピンクのデニムも今日で見納めだ。結局、小学校にきみのステージは無かったね。噂を耳にして受験に挑戦したきみだけど、満開の彼女をよそに、きみの桜は散り終えた。まあ元気出せよ。別に人生終わったわけじゃない。冬の計測でも、千五百なら悪くないタイムが出てたじゃないか。次行こう、次。

―――――午後5:15 · 2023年1月8日



油絵の道具って大人な気がする。木製のカチッした箱を開けると、十二色のチューブと薄黄緑色の油が入った小さなガラス瓶、堅くて白い毛先の絵筆が太いのと細いの何本か。友だちの薦めでなんとなく入った美術部だけど、敷地の端っこにある木造校舎はきみの趣味に合ってる。イーゼルの横の窓を開けよう。

―――――午後9:57 · 2023年1月5日



クラスの女子に呼び出されたきみは、どきどきしながら校舎裏に回る。きみが好きな人形みたいに可愛いあの子と仲良しの子たちだったし。

「彼女のことじろじろ見るの止めて。気持ち悪い」

いきなりそんなこと言われると思ってなかったきみは、何も言い返せなかった。悪意に触れると立ち竦むしかないね。

―――――午後9:17 · 2023年1月6日



「双子のお兄ちゃん、三年女子で人気だよ。がんばってね」

「お前に一票入れるから、道場の控室を良くしろよ」

見知らぬ上級生が擦れ違いざまにそんな声を掛けてくる。クラスでは地味なきみも、周りから見たら期待の星なのかもね。あの万能王子のお兄ちゃんだし。ひとの褌でもいいよ。選挙に勝てれば。

―――――午後8:49 · 2023年1月7日

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