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戦の前には計があり1

「御免!!!」


男の声が、黄家の玄関前で響き渡る。


「はーい!どうぞ!」


答えるように、内から、来客を促す声がする。


それでは、失礼してと、男は踏み出すが、同時に、うわっ!!!と、叫び声を上げた。


「あれ?徐庶じょしょ様ではないですか?」


「徐庶様も、何も、な、なんだ!これはっ!!!」


驚きから、地面に尻餅をついている、孔明の友、徐庶は、悪態をついた。


「ああ、徐庶じゃないか!どうした!」


地べたに座り込んでいる友に、驚く孔明がいた。


「久しぶりだな。先生の所へは?」


孔明は黄家の門を潜ったところだった。


師である、司馬徽しばきの所から戻って来た孔明は、転がる徐庶の姿に面食らうが、すぐに、手を差し伸べる。


「すまぬ、黄夫人が、言い出して。童子と、徹夜で細工したのだ」


「いや、徹夜でって!諸葛亮よ!具合は、もう、良いのか?!門下生に聞いて、たまげてな。まあ、見舞いに来たら、本当に、たまげたわ」


ははは、と、二人は、笑いつつ、あっ、そうだ、食事をして行くかい?と、徐庶が、師の所へ現れない理由を聞かせろと、孔明がせっつく。


あれだけ、熱心に通っていた男が、急に来なくなるとは、何か理由があるのだろう。


もしや、仕官が、決まったのかと、孔明は、嬉しそうに友へ問いただした。


「うん、まあ、そんなところだ。しかし、諸葛亮よ、構わぬのか?食事など馳走になっては、鬼嫁が、激怒するのではないか?」


鬼嫁……激怒、ですか。と、段々と変化して行く、妻、月英の評判に、孔明は苦笑した。


実は、師匠の所でも、妻の尻に敷かれた孔明が、悋気に触れて、食事抜きにされた。はたまた、家に入れてもらえず、風邪をこじらせてしまった──。


孔明が、高熱を出してしまったのは、悪妻のせいになっており、医者にかかる為に、歩いて月英の実家へ行かされた。医者代は、屋敷で下働きをするように、と、言われている。などなど、一体全体、どこからその様な?と、首を捻る話が流れていた。


きっと、徐庶も、その噂を聞きつけ、見舞い事で、黄家を訪ねて来たのだろう。


「しかし、なんだ、これは!」


孔明の手を借りて立ち上がった徐庶は、玄関の扉を見た。


「うん、なかなか、面白い仕掛けだろ?」


「でも、結局、人がいるんですよー。なんだか、意味がわかりませんよ!」


ひょっこり、童子が顔を覗かせる。


「あら、徐庶様じゃないですか、相変わらず、立ち回りがお上手で、食事時を狙って来られるとは」


「おー!相変わらずだなぁ!侍女よ!鬼の奥様に、しごかれて、口も達者になったなぁ!」


現れた月英が発した嫌みだか、冗談だかわからぬものに、ワハハハと、徐庶は、大笑いしている。


「奥様は、湯に浸かってますから、当分、静かですよ」


そして、お帰りなさいませ、旦那様と、孔明に向かって、侍女らしく頭を下げると、さあさあ、こちらへと、徐庶をいざなった。


「そうか、まさに、鬼のいぬ間に、だな。甘えさせてもらうぞ。実は、腹が減ってたまらんのだ」


勧められるまま、徐庶は屋敷へ足を踏み入れた。


「で、なんだ、これは。なるほど、内側から、綱を引いて……扉を開けると……」


徐庶は、扉に見入っている。


「ええ、奥様が、扉を開けるのが面倒だと。自動的に開かないのか、と、言い出して。でも、ご自分で扉など、明け閉めされたことないのに……」


ホホホ、と、月英は、袖を口もとに当て、軽やかな笑い声を上げた。


「や、あ、あの、その、まあ、色々あって、細工をしただけのことで……」


孔明は、徐庶の大きな勘違いに、あたふたしている。


「さあ、こちらへ。童子、徐庶様にお食事のご用意を」


月英は、侍女ぜんと、振る舞い、徐庶を案内する。


「さあ、旦那様も」


フフフと、月英は笑い、孔明へ意味深に頷いた。

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