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戦の前には誤算あり9

思えば、この男、農夫をしているが、諸葛亮の弟。実は、こちらも侮れない相手なのだと、劉備は気がつく。


「……先生は、お留守とのこと、よく、わかりました。今日のところは……」


兄じゃ!と、義兄弟は、不満をつのらしている。


しかし、目の前で繰り広げられている作業は、単に、火を放てば良いというものではなく、皆で風向きの変化など、瞬時に、相談、判断をし、適切な方向へ火を導くように草を刈ったりと、気抜けない作業だ。


……これが、民の暮らしなのか。


劉備は、愕然とした。


そして、その場を離れたのだった。


「あれ、なんだか、急用ができたようで、帰ってしまいましたよ」


「あー、別にかまわんよ、均さん。どうせ、あんな格好。役に立つとは思ってなかったし」


背後から聞こえてくる、自分達の評価に、劉備は更に愕然とする。


自分は、何をしているのだろう。


先生に会えば、それで事が収まると、なぜ、そのような、安直な考えでいたのだろう。


これでは、何時までたっても、諸葛亮という人物には、会えないだろう。まずは、自身の心を入れかえなければ。


均含め、皆、楽し気に作業にいそしんでいるが、決して、気はぬいていない。


それに比べて──。


兄じゃ!と、文句しか言えない従者達が、劉備には、疎ましく思えた。


「あー、やっぱり、我が家が、一番!」


言って、月英は、ゴロリと、孔明の横に転がった。


「あら?旦那様どうされました?」


湯に浸かり、いわゆる、女に磨きをかけた、月英は、いつも以上に、妖艶だった。


もちろん、病人であろうとも、孔明は、その姿に当てられ、頬を染めている。


「あら、まだ、お熱が下がらないみたいですわねー」


「え、え、そのようで……多分……」


と、口ごもる夫に、月英は、あぁと、言って、申し訳なさそうな顔をした。


「うっかり、我が家、なんて、言ってしまいましたわ。私ったら……」


しょげかえって、しまった、妻に、孔明は、慌てた。


「いやいや!!黄夫人!確かに、ここは、あなたの家ですからっ!!何も、謝ることなどないのですっ!!」


「じゃあ!もう少し、居てもよろしいかしら?」


嬉しげな、月英に、孔明は、思う。


そういえば、里に帰ることもなく、あんな辺鄙な場所に、閉じ込めていた。自分は、師の元へ通う事ができ、好きなだけ論じているのに……。


「ええ、もちろんですよ。私も、先生の所へ、通い安くなりますからね。それに、均も、たまには、一人になりたいでしょうし」


「そうですね、均様ったら、いつも、気を使われて……」


奥様ー!と、童子の声がする。


「お食事ですよー」


「あらまあ、そんな時間なの」


「あー!旦那様は、まだ、葛湯です!」


ですって、と、月英は、孔明へ微笑んだ。


やはり、たまには、里帰りも必要だな。と、孔明は、穏やかな妻の笑顔に、またまた、当てられるのだった。

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