「そうか、そうか、それも良し」
と、
前には、神妙な顔をした、劉備が座っている。
「先生は仰られました」
「確かに」
「では、その通り行えば、私は……」
「さて、その通りに行くかのぉ?すでに、
図星だけに、劉備は、小さくなった。
「優れたか、どうかは、知らぬが、そなたが気に入っているのなら、武は、もう、よかろう。足りぬのは、知恵、学を持って、そなたを助ける者……」
「先生、つまり、先生の仰られるところの、
うん、と、司馬徽は、頷き、
「座っていても、出会いはないぞ?」
言って、劉備を伺う。
確かに。何度、こうして、師の元へ通おうと、望みは叶うことはない。自らが、立ち上がり動かなくては、言葉通り、出会える者とも、出会えない。
「はい、今度こそ、良く分かりました。先生、何度も、お訪ねして、申し訳ありません」
「いやいや、こちらも、話し相手が、いるというのは、良き事よ」
では、と、劉備が立ち上がり表へ出ようとしたところ、部屋の戸口で、男と鉢合わせた。
「やっ!こ、これは、申し訳ございません!ご来客中だったとは!」
「どうした、
あー、お客様のようなので、またー、と、徐庶は、言い渋り、踵を返そうとするが、自身と鉢合わせた男に、おおっーー!と、声を上げた。
「そうか、そうか、
はははと、司馬徽は、笑う。
「いや、それは、また、先生も、お人が悪い、その様な冗談を、いきなり。しかも、劉備様の前にて」
「じゃが、主も、そろそろ、仕官をと、望んでいるのじゃろ?これも、何かの縁ではないかのぉ?」
司馬徽の、妙な言い回しに、劉備は、もしやと、思う。
正直、着古した衣を
故に、出会いの時が満ちるのを待たねばならぬと、そうすれば、自然に、この者だと分かると、師は、言っていた。
望むものは、そう、簡単に手に入らない。そして、時がある。
その、時、を待てるか否か、で、全ては決まる。師は、そう、言ったのだ。
──つまり、前にいる男は。
「
「ん?これは、
あっ、と、劉備は、うっかり、呟く。
肩の力が抜けた。てっきり、探している、
その、少しばかりの失望感は、当然、司馬徽にはお見通しで、
「こやつは、使い勝手が良いぞ?そして、本命の、友人でもある」
さて、どうする?と、挑戦的な視線を送られ、劉備は、正直、戸惑った。
師の勧めを受ければ、本命である、伏竜鳳雛目当てに、この、徐庶という男を側に置くと思われるだろう。
かといって、ここで、断れば、もしや、言葉通り良き人材を失う事になるのかもしれない。
「ははは、すまぬ、すまぬ、劉備殿。そう、困らんでよろしい。深い意味はないのじゃよ、単に、弟子可愛さでな。この男は、かなりの苦労人。そろそろ、仕官させてやりたいのじゃ、それだけのこと。ただ、本命は、まだ、雛でなぁ。才はあるが、それは、競いあって伸びるもの。この、徐庶は、まさに、好敵手なのじゃ。こやつが、本命を、思いの外、伸ばすかもしれぬ」
言って、司馬徽は、ふっと、笑った。
そして、やり取りを見ていた、徐庶は、
「先生!
と、叫んでいた。
どうじゃ?お主に、うってつけの人材じゃろう?と、司馬徽は、目を細めた。
確かに。
自らを前に出すことなく、友とやらを、推挙するとは、この、徐庶という男、かなりの器の持ち主だ。
知力は、いくらあっても、無駄にはならない。師匠が、才を認める男、徐庶を側に置いても問題はないだろう。
「……仕官を希望していると、聞いたが、どうだろう、私の力になってもらえまいか?」
劉備の言葉に徐庶は、二つ返事で承諾するが、あー、と、何やら口ごもった。
「条件があるのだな?構わないい、言ってみなさい」
「では、友の、諸葛亮に、お会いください。あやつこそ、伏竜鳳雛、ついでに、名士とも、繋がりがございます。才、あり、財への繋がりあり、なのですが……」
ん?と、劉備は、首を傾げる。
会えと言いつつ、何を渋っているのだろう。
「あーー、今は無理だわ!絶対に!あー、先生、その事で、どうすれば良いのか、お知恵を拝借に来たのです!」
なにやら、深刻な流れになっている。
訳がわからぬ劉備は、
「まあ、とにかく、その者に会わぬ事には……、そうだ、共に、登城してもらえぬか?」
と、言った。
「あーー!ますます、無理です!とにかく、今は、無理なんです。いや、その無理はいつまで、続くやら。私の手には、終えませぬ!どうぞ、劉備様が、お運びください。そして、事をお確かめください!」
ははは!と、困りきる弟子の姿に、司馬徽は、腹を抱えて笑っている。
そういえば、
「どうじゃ?劉備殿、足を運ぶのも一興ぞ?」
何か、隠しているような、妙な空気が引っかかったが、劉備は、では、と、返事をした。