目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

戦の前には誤算あり3

「そうか、そうか、それも良し」


と、司馬徽しばきは、言った。


前には、神妙な顔をした、劉備が座っている。


「先生は仰られました」


「確かに」


「では、その通り行えば、私は……」


「さて、その通りに行くかのぉ?すでに、おこなってみたが、なぜか、どうにもならぬと、私の所へ来たのじゃろう?」


図星だけに、劉備は、小さくなった。


「優れたか、どうかは、知らぬが、そなたが気に入っているのなら、武は、もう、よかろう。足りぬのは、知恵、学を持って、そなたを助ける者……」


「先生、つまり、先生の仰られるところの、伏竜鳳雛ふくりゅうほうすうを備える者ということですね……」


うん、と、司馬徽は、頷き、


「座っていても、出会いはないぞ?」


言って、劉備を伺う。


確かに。何度、こうして、師の元へ通おうと、望みは叶うことはない。自らが、立ち上がり動かなくては、言葉通り、出会える者とも、出会えない。


「はい、今度こそ、良く分かりました。先生、何度も、お訪ねして、申し訳ありません」


「いやいや、こちらも、話し相手が、いるというのは、良き事よ」


では、と、劉備が立ち上がり表へ出ようとしたところ、部屋の戸口で、男と鉢合わせた。


「やっ!こ、これは、申し訳ございません!ご来客中だったとは!」


「どうした、徐庶じょしょよ?」


あー、お客様のようなので、またー、と、徐庶は、言い渋り、踵を返そうとするが、自身と鉢合わせた男に、おおっーー!と、声を上げた。


「そうか、そうか、ぬしの、あるじをみつけたか」


はははと、司馬徽は、笑う。


「いや、それは、また、先生も、お人が悪い、その様な冗談を、いきなり。しかも、劉備様の前にて」


「じゃが、主も、そろそろ、仕官をと、望んでいるのじゃろ?これも、何かの縁ではないかのぉ?」


司馬徽の、妙な言い回しに、劉備は、もしやと、思う。


正直、着古した衣をまとう、地味な男であるのだが、才と、見た目は、異なるものだ。


故に、出会いの時が満ちるのを待たねばならぬと、そうすれば、自然に、この者だと分かると、師は、言っていた。


望むものは、そう、簡単に手に入らない。そして、時がある。


その、時、を待てるか否か、で、全ては決まる。師は、そう、言ったのだ。


──つまり、前にいる男は。


司馬徽しばき先生、もしや……」


「ん?これは、徐庶じょしょと言ってなあ、母親思いの良いやつよ。つまり、劉備殿、義に熱い男ぞ。お主に、うってつけじゃろう?おお、勿論、優秀である」


あっ、と、劉備は、うっかり、呟く。


肩の力が抜けた。てっきり、探している、伏竜鳳雛ふくりゅうほうすうたる、天下をも取れるであろう人材と思ったからだ。


その、少しばかりの失望感は、当然、司馬徽にはお見通しで、


「こやつは、使い勝手が良いぞ?そして、本命の、友人でもある」


さて、どうする?と、挑戦的な視線を送られ、劉備は、正直、戸惑った。


師の勧めを受ければ、本命である、伏竜鳳雛目当てに、この、徐庶という男を側に置くと思われるだろう。


かといって、ここで、断れば、もしや、言葉通り良き人材を失う事になるのかもしれない。


「ははは、すまぬ、すまぬ、劉備殿。そう、困らんでよろしい。深い意味はないのじゃよ、単に、弟子可愛さでな。この男は、かなりの苦労人。そろそろ、仕官させてやりたいのじゃ、それだけのこと。ただ、本命は、まだ、雛でなぁ。才はあるが、それは、競いあって伸びるもの。この、徐庶は、まさに、好敵手なのじゃ。こやつが、本命を、思いの外、伸ばすかもしれぬ」


言って、司馬徽は、ふっと、笑った。


そして、やり取りを見ていた、徐庶は、


「先生!諸葛亮しょかつりょうの事ですか!あいつは、確かに、伸びます!恐ろしいほどの才をもっている!私など、足元にも及ばない!」


と、叫んでいた。


どうじゃ?お主に、うってつけの人材じゃろう?と、司馬徽は、目を細めた。


確かに。


自らを前に出すことなく、友とやらを、推挙するとは、この、徐庶という男、かなりの器の持ち主だ。


知力は、いくらあっても、無駄にはならない。師匠が、才を認める男、徐庶を側に置いても問題はないだろう。


「……仕官を希望していると、聞いたが、どうだろう、私の力になってもらえまいか?」


劉備の言葉に徐庶は、二つ返事で承諾するが、あー、と、何やら口ごもった。


「条件があるのだな?構わないい、言ってみなさい」


「では、友の、諸葛亮に、お会いください。あやつこそ、伏竜鳳雛、ついでに、名士とも、繋がりがございます。才、あり、財への繋がりあり、なのですが……」


ん?と、劉備は、首を傾げる。


会えと言いつつ、何を渋っているのだろう。


「あーー、今は無理だわ!絶対に!あー、先生、その事で、どうすれば良いのか、お知恵を拝借に来たのです!」


なにやら、深刻な流れになっている。


訳がわからぬ劉備は、


「まあ、とにかく、その者に会わぬ事には……、そうだ、共に、登城してもらえぬか?」


と、言った。


「あーー!ますます、無理です!とにかく、今は、無理なんです。いや、その無理はいつまで、続くやら。私の手には、終えませぬ!どうぞ、劉備様が、お運びください。そして、事をお確かめください!」


ははは!と、困りきる弟子の姿に、司馬徽は、腹を抱えて笑っている。


そういえば、なつめが、どうのと、揉めていたが、孔明は、劉備に対して、さらなることを、やらかしたのだと理解した司馬徽は、


「どうじゃ?劉備殿、足を運ぶのも一興ぞ?」


何か、隠しているような、妙な空気が引っかかったが、劉備は、では、と、返事をした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?