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戦の前には誤算あり2

そして、もう一人、はあーと、大きく息をつく者がいる。


「って、ことはですよ?兄上、皆の前で、劉備様に恥をかかせたということに、なりませんか?」


「恥?均よ、こちらが、恥ずかしかったぞ。子供の様に、旗を飾って喜んでおるのだから」


「いえ、まあ、それは、ああ!そう、そうだ!劉備様は、場を和ませる為に、行ったのではないでしょうか?」


弟の言葉に、孔明は、まさか、と、言いつつ、決して自分の意見を譲ろうとしない。


友の徐庶じょしょに、誘われ、州牧ちょうかんの屋敷で行われる集まりに出かけた孔明は、不満たらたらで、戻って来た。


その側では、徐庶が、居心地の悪い顔付きで、送ってやっただけだからと、ブツブツ言っている。


何事かを察して現れた兄嫁、月英が、まあまあ、ようお越しでなどと、賑やかに徐庶を出迎え、茶を召し上がれと、話を聞き出しにかかった。


その間、均が、兄の相手をしているのだが、話の節々で、何が起こったのか、悟ったのだった。


実のところ、均も、期待していたのだ。


名のある者達が、集まり、客として、滞在している劉備を囲むというのだから。


仕官、と、まではいかずとも、何かしら、繋がりというものができるのではないかと。


どうやら、孔明は、皆で討論出来ると思っていたらしい。


蓋を開ければ、ただの、ばか騒ぎだった、と、劉備までが、あのようにだらけきっていては、ここ、荊州そしゅうは、しいては、国はどうなるのだと、ご立腹だった。


「だからな、見かねた私は、言ったのだよ」


だからっ、それ、それでしょ、原因はっ!


と、言って通じる兄ではない。


戻って来た徐庶の、あの、渋い顔が、すべてを物語っていた。


これは、相当に、やりあっている。


確実に仕官の道は遠退いたのだと、均の体から力が抜けた。


才は、抜群に秀でているのに、どうして、空気が読めないのか。


いっそ、義姉あねと、一緒に行けばよかったのかも。下手すれば、その立回りの旨さで、義姉が仕官できたかもしれない。


などと思いつつ、世の中どうして、上手くいかないのだろうかと、均は、堅物の兄を見る。


と、その義姉あね、月英が、戸口で物欲しそうに、均へ、一言……。


「均様、夕餉の時間が近づいてますわよ。わたくしお腹ペコペコ。何しろ、旦那様が、土産を持ち帰らかったのですからねえ」


ん?と、妻のひと言に、孔明が首をかしげた。


「だって、飲み食い自由だったのでしょ?それを、みすみす、見逃して、旗をどうのと、非難するだけで、戻ってらっしゃる」


黄夫人、それは……、と、孔明は、自身の正統性を語ろうと構えるが、


「ですからね、旦那様、そうゆう場の名士は、ひと笑いして、酒杯で、まとめて、ごまかすのものなのですよ。まあ、お酒の苦手な旦那様の場合は、そこで、退席されても、構わないと思いますがね。そして、私達の為に、用意されている食事を包んで帰ると、そこまでで、完璧なのです」


「皆の面子も守られて、私達も、お腹一杯。なのに……。旦那様は」


「いや、徐庶が、無理矢理引っ張ってですね……」


孔明は、言い渋る妻へ、精一杯の釈明をしようとする。


月英の機嫌は取れるのに、なぜ、外では、立ち回れないのだろう、と、均は思う。


「ですからね、黄夫人、私は、なにも、騒ぎを起こしたかった訳ではなくて……」


「ええ、分かっておりますよ。悪いのは、騒ぎを収められなかった、劉備様。まったく、公と、私での、名士の扱い方が、分かってらっしゃらないんだから」


「そうでしょ!黄夫人!私に、非はありませんよね!」


「まさか!旦那様にも、非、だらけ!」


つまり、お互いに人の扱い方が分かってないのだと、月英は続けた。


劉備を怒らせたのは、孔明の非であり、孔明を不快にさせたのは、劉備の非であり、それ以前に、お互い、人の集まる場所で感情を剥き出しにしてしまったのが、最大の非である、と、いい放った。


「よろしいですか、武であろうが、商であろうが、その上に、立つ者は、怒るものではないのです。下の者は、その様なことは、望んでおりません。そこを、上手く、こなせてこそ、一流の男というものなのです。いえ、名士の世界では、当たり前。出来ない者は、無粋者と、すぐに、つま弾きにされますわ」


おおー!なるほど!!


均も孔明もついでに、食事の用意をすべきか伺いに来た、童子まで、月英の独演会に、パチパチと拍手を送っていた。


「まあ、皆様、ありがとうございます」


では、お食事ができるのを待ちましょうかねぇ、と、月英は、部屋を出て行く。


その後ろ姿に、均は、さすがは、黄承彦こうしょうげんの娘だと、見惚れつつ、童子に、小突かれ、はっとする。


「ああ、そうだな!童子や、夕餉は、何を作ろうか?」


「えーと、山菜を、いくらか、頂いてます」


そうか、そうか、と、言いながら、均も食事の用意のために、童子と供に、裏方へ向かった。


一人残された、孔明は思う。


果たして、自分は、どうすればよかったのかと──。

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