「うーん、この一個を半分にする。なんて、答えは、黄夫人は、お望みではないでしょうから……、そうだ!」
孔明は、左手を差し出した。ぐっと握っている手を開くと、潰れた干し棗が現れる。
「あら、やだ!旦那様!ずっと握ってらっしゃったの?!」
「ええ、納得出来ない事がありまして、ですが、
それにしても、潰れていても、我が家の棗の方が大きいなぁと、孔明は、驚いている。
「ほほほ、それは、棗の種類が、異なるからですよ。我が家のは、大棗ですから、当然、大きいのです」
ほおー、と、今度は、感嘆の声を、孔明は上げた。
「それよりも、
「あー!聞いてください!黄夫人!グリグリ目玉の、
「まあ、三人に、こちらは、棗、一つですか。まっ、旦那様が、無事でよかったですこと」
ふふふっと、月英は、詩歌に例えて、含み笑った。
「いや、まあ、あのですね、こちらも、桃に劣らず、大変だったのですけれど」
孔明は、渋い顔をした。
「はいっ!!いかがですかっ!!もう、夕餉の時間でございますよ!!今日は、美容と健康によろしい、
均と、童子が、半ば乱入する形で、
「ほー、韮というのは、その様な効用豊かな物なのか」
孔明は、不思議そうに、並べられる料理を見つめていた。
そして、均に向かって、潰れた棗を差し出し、何か出来ないかと問うた。
「なんなんです、この、潰れ具合」
「うん、グリグリ目玉の虎鬚が、踏み潰したのだ。せっかくの、黄夫人への土産だったのに!」
土産。
均は、なんと!と、声を出していた。
その様な、気が利くことなど、未だかつて行った事のない兄だった。
「わかりました。煮詰めて、茶にでもいたしましょう。ずいぶんと、討論されておられたようなので、喉も痛めておいででしょうから」
均は、
「まっ、討論というか、なんというか、まだまだ、先がありそうですけど、取りあえずは、韮を頂きましょう?旦那様。棗の話は、それからで」
「えーと、桃の話しは、いかがいたしますか?」
「そんなもの、時期になれば、市場で買ってくればよろしくてよ!」
何がなんだか、分からないが、均と童子は、内心ほっとした。
季節外れの、今、桃を探せとは、言われないようだと──。
そして、それなりに、和やかな雰囲気が、食卓には流れ、韮料理は、あっという間になくなった。
「均様ーー!韮は、もうないのかしら?」
「うわっ、奥様ったら、妙に韮を気に入ってますねー」
「童子よ、それで、いいじゃないか、桃よりはな」
汗だくになりながら、炒めたり、茹であげたりと、均も、童子も、裏では、てんてこ舞いだったが、桃を探せと命じられるよりは、楽な仕事だった。
一方、孔明は、昼間の経緯を、合点がいかないと、箸を進めながら、話している。
「うんうん、って、聞いてますか?黄夫人?」
「はい、はい。聞いておりますよ?
ほおほお、と、言われた通り、孔明は妻に従っている。そして、夕餉とは、この様に味のあるものだったのですかと、呟いていた。
「さて、お二方、棗茶をどうぞ」
均が、最後の仕上とばかりに、茶を運んで来た。
例の潰れた棗と、徐庶にもらったという棗を、生姜と共に煮詰めて作った物だ。
「お好みで、蜂蜜を。ですが、兄上!それは、非常に、貴重なもの。少ーし、少ーし、だけですよ!!」
あいわかった、と、孔明は、再び、言われた通りに行った。
「でね、徐庶様が……」
孔明から聞いた、昼間の出来事に、なぜか、空の皿を下げていた、童子が反応した。
「あー!それ!張飛だなっ!あいつ、劉備様の一の家臣だと、威張って、内の賭場で、暴れ放題!父ちゃんも、頭にきてんですよー!」
「あー、童子の里は、裏で、大きな賭場を開いているものね。お父様は、周囲の賭場の総元締めだったかしら?」
早速、棗茶を嗜みながら、黄夫人は、言ってくれた。
はあーー?!童子は、賭場の総元締めの子供っ!!!
均も、孔明も、動きが止まった。