「旦那様、あの、毎日の桃の詩、なんとかなりませんの?」
そして、月英は、孔明お気に入りの詩に難癖をつけ始める。
「なんですか、あの詩、二桃もて三士を殺す。誰か能く此の謀を為す。国相、斉の
労うのなら、なぜ、三個差し出さないのかしら、桃ってそんなに手に入りにくいものなの?なんだか、人数分に足りないなんて、気が利かないわねぇ、男って。と、月英は、ぶつぶつ言っているが、聞く、孔明の顔つきは、変わった。
「ちょっと、お待ちになってください!黄夫人!その解釈は、違いますよ!」
声高に発する兄に、均は、まずい、これから、始まる。と、顔をひきつらせる。
一歩も引かない孔明が、現れたのだ。月英どころか、結局、こちらも、朝まで、頷いていなければならない。自分は、慣れているとはいえ、さすがに、
「童子!まずいことになりそうだ。何でも、良い、
「はい、わかりました。童子が、食べたと、逆恨みされるのも嫌です。均様、早急に、何が作りましょう!」
こうして、裏方は、慌ただしくなる。
そして、表方、孔明夫婦はといえば……。
「あのですね、正しい解釈をご説明しますと、こうなのです」
言って、孔明は、朗々と語りだす。
里に三つの墓があった。うずたかく盛り上がる、三つとも同じような形のものだ。
「これは誰の墓かね」と尋ねると、
ある朝三人は、中傷を受け、二つの桃を三人で奪い合って殺されてしまった。
誰がこんなうまい策略をなしたのだろう。
斉の宰相、
「と、言う話がもとになっており、災いになりそうな者を、自らの手を汚さず、自滅させた。という、内容なのです。つまり、策の勝利ということで……」
「結局、こうゆう話なのでしょ?」
と、月英が、孔明の話を反復し始めた。
斉の国に、田開彊、古冶子、公孫接という武力にすぐれた三人がいた。
宰相の晏子はこの三人は将来国の災いになると感じ、君主の景公に三人を自滅させる策を提案した。
晏子は三人を集め「お前たちの中で我こそ功績があると思う者がうけとれ」と言って二個の桃を与えた。
そこで田開彊、公孫接の二人がバッと飛び出して桃を取るが、よく話してみると一番功績があったのは古冶子だった。
田開彊、公孫接の二人は、真っ先に手を伸ばした卑しさを恥じて自害する。
残った古冶子も自分のせいで二人を死なせてしまったと後を追う。
「そして、三人とも、いなくなった。桃ごときに目がくらんで、命を落とす。まあ、邪魔物は消せ、その考えはわかりますよ。ですが、吟じるほどの、策、なのかしら。そもそも、個数が足りないところで、裏があると、気がつかない男達に、将来、寝首をかかれるかもと、小さくなっている、君主も、君主。単に、宰相が、腹黒だったと。それを、称えちゃって、また、どなたかは、嬉しげに、唱えちゃってまぁ、ほんとに」
「あのですね!!」
「旦那様、褒美をやろう、しかも、功績があった者に、と、言うならば、桃は一個で、良いのですよ」
「ですからっ!」
「私は、解せませんわね。一国の宰相ともあろうなら、もっと、貴公子ぜんとした策を練るべきではないのですか?戦のさなか、追い詰められている訳でもあるまいし」
「黄夫人、これは、そうゆう策もある、という話であって……」
「後生に残る、それも、詩歌ならば、凛々しく、美しくあるべきです!たとえばっ!」
月英は、やおら、皿から大棗を一個摘まむと、孔明の前に置いた。
「これを、二人で分けましょう、と、なれば、旦那様、どういたします?」
うーん、と、孔明は、考え込む。
一瞬現れた静寂に、裏方では、緊張が走る。
「均様!今度は、桃と棗と、どっちがいいかって、奥様がっ!!」
「えー!それは、また。兄上が、桃が欲しいなんて、仰られたら。この季節外れに、桃なんか、どこにもないぞ!!」
「あー!奥さまのことです!桃を探してこいって、事になりますよぉー!均様!!」
困った事だと、こちらはこちらで、考え込んでいる。