「とにかく、お座りなさい」
「はい」
妻に言われ、素直に卓に付く兄、孔明の姿に、均は飼い慣らされた犬を見る。
「均様ー!お食事の用意は、どうなってるのかしら?」
いきなり、自分に振られて、均は焦る。覗き見がバレていたのか、はたまた、裏方へ、声をかけているだけなのか、どぎまぎしながら、後ろを見ると、童子が、ほとんど、たいらげていた。
「うわっ!お前、なんてことを!」
「うーん、均様!今日はかくべつ美味しかったです!ほら、均様もどうぞ!」
言ってくれるが、童子の食べ残しを均が食すると、孔明夫婦の食べるものが失くなってしまう。
このところ、孔明ときたら、食が細いのか、食べるのを忘れているのかで、余ってはならぬと人数分よりも少なめに、作っていたのだが、それが、今日は裏目に出た。
「童子よ!これで、三人分は、無理だろう!」
「えー!私が食べたら駄目だったんですかぁ!」
今度は、童子が、グズグズと言い始める。
裏方の、ゴタゴタを察したのか、月英は、すべてを孔明のせいにした。
「旦那様が、桃の取り合いの歌など吟じずに、静かにお戻りになり、そして、お食事を摂ってくださらないから、余るともったいない、そう思って童子が、無理に食したのでしょう。まだ、子供、腹を壊すこともございましょうし、何よりも、そこまで、気をつかわせるとは、いかがなものでしょうかっ!」
「あ、そんな事になっているのですか」
「ええ、おそらく。だから、私達の食する物も、ないのではないでしょうか。もう、なんてこと!」
月英は、お腹ペコペコです。旦那様を待っていたからですよ。と、ごちている。
その姿に、孔明は、うーんと、思案しつつ、土産があるのです!と、例の巾着を卓に乗せた。
「なんですか?えらく、古びた巾着ですね。このようなもの、旦那様、お持ちでした?」
「あー、それは、
月英は、言われた通り、巾着を手に取ると、中身を確かめた。
赤い干棗が入っている。
「あら、まあ」
「どうです!すごい、珍味ですよ!一日に、三個しか、食べられ無いのですから!」
弾ける孔明の言葉など、はなから、聞いていないのか、ふうん、と、言いつつ、月英は裏方へ声をかける。
「童子や!
はーい、ただいま、と、童子の返事がする。
「まっ、何があったのか、さっぱりですが、旦那様、実は、我が家にも、その、珍味とやらがございますのよ?」
ええーー!と、孔明は、驚いた。
「奥様、こちらで、よろしかったですか?」
皿に盛った、大棗を童子が卓に上に置いた。
「ええ、これで、結構。お前も、つまんでいきなさいな」
はい、と、童子は喜びながら、大棗をつまむと、口へ放り込み、裏方へ下がった。
「どうですか?二個しかない桃を取り合うより、山盛りの、棗を取り合う方が健全ですよ」
言うと、月英も、大棗を頬張った。
確かに、徐庶より譲り受けた物より、前にある物の方が、大きさ見た目、共に良い。
「はあー、まさか、我が家に、この様な立派な物があるとは……」
「思ってもなかったでしょ?でも、旦那様、汁物や、茶で、食しておりますのよ?」
「えーー!私が!!いつの間に!!」
「もう少し、食べることに、気を配られてくださいな。これでは、歌の様に、二つしかない桃に、言われるまま、安易に手を出してしまい……」
チョン、と、言いながら手で首をはねる振りをする。
「へ?!」
孔明と、そして密かに、均も、月英の言葉に惑わされた。