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戦の前には出会いあり4

そして、ここにも、気を揉む人物がいた。


義姉上あねうえ、今日の兄上の戻りは、どうでしょう」


「さあ。昼間、さほど日差しもきつくなかったから……戻って来ないかもしれませんねぇ」


「では、先に、夕餉を頂きますか?」


そうねぇ、と、孔明の妻、黄夫人こと、月英は、口ごもる。


師匠の元で、さらに勉学に励むようになった孔明だが、熱中しすぎて、家へ帰ることすら忘れる事がある。


特に、涼やかな、過ごしやすい日は、門下生と、あれこれ討論に励んでしまうようで、当然、戻りも遅くなる。


夕餉を先に摂っても、良いものかと、月英は、同居している孔明の弟、きんと、頭を悩ますのだった。


「まあ、いつ帰って来るかわからない人を待っていても、バカらしいし。均様、さっさと、食してしまいましょうよ」


「そうですね。食べましょうか」


最初は、兄を差し置いて、などと遠慮していた均も、近頃は、兄嫁の、腹の座り具合が移ったのか、月英にあっさり同意するようになっていた。


そこへ──。


「奥様!旦那様のお戻りです!」


下働きの童子が、慌てふためき、部屋へ飛び込んで来た。


「……童子や、もしかして……」


「はい!その、もしかして、です!」


はあー、と、月英が、息をつき、顔をしかめた。


「で?どっちなの?」


「うーん、それが……判断できません」


童子は、弱りきる。


「わかったわ、そろそろ、聞こえる頃合いということね。私も、聞いてみましょう」


月英が言い終わったとたん、外から、朗々とした、ぎんずる男の声が流れて来た。


……力は能く南山を排し


文は能く地紀を絶つ


一朝 讒言ざんげんを被れば


二桃もて三士を殺す


誰か能く此の謀を為す……


「国相 斉の晏子あんしなり~~」


家の門のまえで、最後の句が、ピタリと止んだ。


「あらまっ、いつもながら、お見事ね。どうすれば、ああも、折良く、最後の句が門前で決まるのかしら」


月英は、呟きつつも、しっかり、均を見据えた。


「あれは、ご機嫌斜めですよ。斉の晏子なり~~、と、無駄に伸ばす所は、感情移入しすぎているということ」


眉を潜める、兄嫁に、均は、はあ、と、気の抜けた返事をした。


確かに、兄、孔明は「梁父りょうほの吟」を、気に入っており、口ずさんでいた。


そして、月英曰く、その、抑揚で、その時々の孔明の気分が分かるのだとか。


均に言わせれば、吟ずる声で、機嫌がわかるとは、これいかに。なのだが、また、それが、妙に当たっているところが、恐ろしい。


「均様、これは、妙な屁理屈を言い出しますわよ。覚悟なされませ」


そりゃー、まいったなぁと、均は、渋い顔をした。


論ずれば、当然、均が、兄に勝てる訳がない。そして、それが、不機嫌から起こる屁理屈だとしたら、これはもう、朝まで、討論に巻き込まれるに違いない。しかも、それは孔明の一方的なもので、なあ、そうだろう?均よ。と、相づちを求められるものなのだ。


均は、朝まで、だまって頷かなければならないのかと、げんなりした。


「あー、せっかくの、夕餉が、もう!」


月英は、あからさまに嫌がりつつ、席を立ち、孔明を出迎えに向かった。


「全く、人より抜きん出る才があるのも、困りますわねぇ」


ぶつぶつ言いながら、気だるそうに歩む義姉あねを見て、均は、含み笑う。


その才を、引き出そうと才覚を焼いているのは、どなた、だろうかと。

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