「……食する事が、できるならば、しかし、少々見映えは悪くなってしまったなぁ」
孔明は、手にする潰れた干し棗に目をやった。
「おや、諸葛亮よ、お前は、見た目を重視するのか?物事には、真の価値なるものがあるのではないのか?」
「うん、それも良いかな」
二人の、やり取りに、ついていけないのが、客人三人組と
変わらず、ぼんやりと、やり取りを見ているだけだったが、ついに、気短そうな、赤ら顔の従者が、口火を切った。
「そこの若造よ、ワシの
「はい?」
「はい?ではなかろう。沓底が、ベタベタする!」
これ見よがしに、沓底を、差し出す従者に、徐庶が慌てた。
「確かに、汚れておりますな。干した棗は、意外と粘りが、ございます。踏みつけてしまえば、沓底が、ベタベタする事でしょう。それも、難儀なことで……」
私がお拭きいたしますと、跪付こうとする友を、孔明が止めた。
「徐庶よ、なぜ、お前が跪付く?」
い、いや、諸葛亮よ、こちらは、客人ぞと、徐庶は、妙に、三人組に、へつらった。
「私の、干し棗をあなた様が、踏みつけた。むしろ、こちらが、跪付いて頂きたい。しかしながら、私の不注意でもある話、どちらも、注意が足りなかった。ただ、それだけの話ではござりませぬか?」
言われた、従者は、一瞬にして、その太い眉を吊り上げた。
「わ、わ、わ、お前、なんたることをっ!!」
徐庶が、慌てふためき、従者の機嫌をとろうとする。
「徐庶よ、なぜ、そのように卑屈になっているのだ?お前は、関係ないだろう?まあ、私に、干し棗を渡した事が、発端ではあるが……」
「えーー!諸葛亮よ!そうくるか、お前!し、しかしだ、そうだな、お前に、干し棗を、巾着ごと渡したのが、いけなかったーー!」
徐庶は、そのまま、平伏し、三人組の機嫌を取り続けた。
「……何を。たかだか、棗一つのことで。張飛、お前も、相手にするな。そして、若造よ、その口、いつか、災いを呼ぶぞ。気をつけなされ」
主人の男が、たまりかねた様子で、割って入って来た。
これで、どうにか静まるかと、平伏している徐庶は、小さく息をついた。
が──。
「お言葉ですが、棗一つと、仰られますが、これは、立派な食べ物です。それを、うっかり踏みつけた。まあ、それは、仕方ない。しかし、その後、ご自分の沓を心配なさるとは、理に反しておりませぬか?」
あーー!やってくれたわーー!
と叫ぶ訳にもいかず、徐庶は、友のしでかしに、地面へ崩れ込みそうになった。
討論めいた口調になると、諸葛亮という男は、一歩も引かないということを、徐庶が一番知っている。もう、収集がつかないぞと、その胸の内では、嵐の前触れに、恐れおののいていた。
当然の事ながら、逆らって来た男の事を、客人は気に入る訳もなく、皆、孔明のことを、睨み付けている。
「ははは!これは、一本取られましたな、劉備殿よ!」
司馬徽の、笑い声が響く。
「考えてご覧なされ。
「……お言葉ですが、先生。今は、そのような……」
「なるほど、なるほど。諸葛亮や、お前の出番は、まだ少し先のようじゃ。今は、土産を持って、家へ戻るとよい」
師の言葉に、孔明は、あー!黄夫人が、待っておりましたっ!と、叫ぶと、皆に、深々礼をして、私は、これにてと、勇み足で去って行った。
「先生……あの者が?」
「そう邪険にする事もなかろう。あれは、まだ、雛じゃ。伏龍のな」
はははは、と、高らかな司馬徽の笑い声に、残された者達は、ますます、けげんな顔をした。