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戦の前には酒席あり3

「そうだ!あの客人、かれこれ、お酒をお飲みになってますよ!」


「おお、童子や。めん類か!」


「はい!均様!それで、腹持ち良くなれば、帰ります!」


うんうんと、均と、童子は、頷きあっているが、わからないのは、孔明と月英で、料理どころか、酒席の準備もした事がない二人には、何がどう作用するかなど、考えも及ばない話だった。


「まあ、いいわ、帰ってくれるなら」


月英の一言で、またもや、孔明が、小さくなった。


「すみません。ご迷惑をおかけして」


気まずそうに、言う兄の姿に、均は、


「そうと決まれば、早速取り掛からなければ、麺作りは、時間がかかりますからね!」


と、その場を取り繕う。


「あらあら、均様まで。私は、何も、怒ってはおりませんよ?確かに、面倒だとは、思っておりますけどね。ただ、あの徐庶じょしょという男、ただ者ではない思います。旦那様に、きっと朗報を持ち込む事でしょう。ですから、均様、長居、出来ないような、麺を作ってくださりませ」


「あー、黄夫人!そうなんです。徐庶は、あの通りですが、本当に気の良いやつで、それに、頭も切れる。討論するたび、私は、はっとさせられるのです」


孔明は、必死に徐庶を庇おうとした。


「旦那様、こちらは、今、麺の話で、手一杯。徐庶様の所へ、早くお戻りください。客人を、お一人にしておいて、よろしいのですか?」


ああ、そうだな。そうだ、それは、いけないと、口走りながら、孔明は、裏方から出て行った。


義姉上あねうえ、少しばかり、わからないのですが……」


はい?と、月英は、首を傾げる。


その妖艶さに、均は、当てられそうになり、さっと、目を反らした。いつも、この姿には参ってしまう。無意識なのか、取り込まれているのか、均には、わかりかねたが、とにもかくにも、月英が美しいという証たる仕草なのだった。


「そうですね、まっ、均様からすれば、少し冷たい言い方だったかもしれません。どうか、機嫌を直してくださいまし」


「いえいえ、そのようなことは……あの、そのですね」


均は、なぜ、面倒な男と思いながらも、徐庶を優遇するのか、そして、長居出来ない麺を、とは、どういう意味合いなのかと月英へ訊ねた。


「均様のお作りになる料理は、どれも良いお味なのです。つまり、あのお方は、今後、食事目当てに、当家へ入り浸るでしょう。何か旨い物を食わせろ、とね」


お忘れになりましたか?と、月英は続けた。


「……州牧ちょうかんの所へ、出入りしていると」


「あ!そういえば!」


寂れてしまった家の出ゆえに、仕官の機会を自らの足で動いて得ようとしていると言っていたのを、均は、思い出した。


「そうか、そうですね!あの方には、しっかり動いて頂かなければ!」


兄のあの陶酔ぶりは、徐庶じょしょと友としての縁が続くということ。


月英は、徐庶経由の人脈を当てにしているのだ。


「ええ、ですから、呑気に我が家で、酒席三昧は困るのですよ」


「なるほど、なるほど。今日食べた分まで、しっかり元を取らさせてもらう、と言うことですか」


「あら、均様も、なかなか言いますわね」


ははは、ふふふ、と、二人の笑い声が重なった。


──同じ頃。


すっかり酔いが回った徐庶は、千鳥足で、外にある厠で用を足した所だった。


次は、麺が待っている。急な事なので、うどん、ぐらいだろうけれど、と、孔明に告げられて、締めには丁度良いと、喜んでいたのだが……。


厠からの帰り、裏方、調理場らしい場所を通りかかったところ、なにやら、内がかしましい。


思わず、立ち止まり、徐庶は、漏れ聞こえてくる話に聞き耳を立てるが……。


「で、義姉上あねうえ?麺は、作るのですか?」


「そうねぇ、どう、しようかしら?」


「うーん、義姉上あねうえのお考えからすると、必要ないかも……」


「あー!小麦が、これでは、足りませんっ!」


「童子や?雑穀、で、誤魔化せないの?」


「パサパサになりませんか?作ったことないので、わかりません」


「いや、童子よ、それは、にわとりの餌に、置いているものだぞ!使われては困る!」


「旦那様は、きっと、次は、麺だ、って、言っているでしょうしねぇ。次をとにかく考えないと。予定を変えて、いっそ、潰しますか?」


「うーん、致し方ないですね」


「均様?出来ませんと、言う前に、潰してしまった方が、良いと思うのですよ」


「あー、でも、誰が、捕まえるのですか?私は、嫌です!」


「童子は、小さいから、無理だろう。ここは、私が」


「均様、庭でさばいてください!調理場だと、血だまりができて、後片付けが大変ですから」


「ああ、わかった。しっかりと食べているのだから、そろそろ十分だろうし。義姉上あねうえ、今日の、元は、きちんと取りましょう!」


「均様!包丁は、研いでます。そろそろ、じゃないかと思って」


「おお、童子、気が利くなぁ」


「何しろ、奥様は、肉好きですから」


「均様?私達も、お相伴できるかしら?」


「はいはい、そのつもりですよ。柔らかめ、でしたね?」


あらあら、まあまあ!


──と、実に和やかな雰囲気が、流れているのだが、酔いの回った徐庶じょしょの耳は、恐ろしげな言葉を捕らえていた。


潰す。そろそろ。包丁は研いである。奥様は、肉好き……。今日の元は取る。


「……まさか。いや、悪妻の考えることだぞ。しかし、これでは、まるきり鬼ではないかっ!」


何を勘違いしたのか、徐庶は、あわてふためき、転がりながら、孔明の元へ戻ると、長居をした!馬を出してくれと、言った。


「あら、お帰りですか?最後の料理が待っておりますのに」


徐庶を見送りに出た、かの美女たる侍女は、言ってのける。


──ちょっと待て。その、最後の料理に、俺は、なりとうないのだっ!!


心の内で、叫びつつ、徐庶は、馬にまたがり、世話になった。諸葛亮、どうか、達者でいてくれよ!などと、今生の別れのような言葉を発したのだった。


「いったい、なんだったのでしょう?」


「あっ!兄上が、何か、余計な事を言ったのではないですか?」


「わ、私が?ですか?!」


均様!と、童子の声がする。


「あっ、そうそう、折角なので、今日は、久しぶりに、にわとりを潰しますよ。徐庶様も、鶏料理とりりょうりを召し上がっていけばよかったのに……」


本当に。もったいない。と、月英と孔明は、徐庶の慌て振りに首を傾げるのだった。

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