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戦の前には酒席あり2

「暇潰し?」


「おう!今日ぐらいは、羽を伸ばせ。門が閉まっているということは、そうゆうことだ!」


徐庶じょしょは、意味ありげに笑い、孔明を見る。


「うん、では、どこぞで、語り合うか」


ああ、諸葛亮よ、と、徐庶は、頭を抱えた。


「お前なぁ、ほんと、たまには、息抜きって事しないと、体に響くぞ」


「いや、私は、今のところ、大丈夫だが……」


「どこが、大丈夫なのだ。ああ、全くもって、やはり、噂通り、嫁御の尻に敷かれておるのか」


「別に、敷かれる事は、ないのだが?噂?」


お前の嫁御は、黄承彦こう しょうげんの、娘なのだろう?と、徐庶が耳打ちしてくる。


「いかにも、そうだが?」


「だろう?」


念を押す、徐庶のにやけ顔に、孔明は、はっとする。


(ああ、噂……とは、あれのことか。)


「いや、あのな、徐庶!噂は、噂であって!」


焦る孔明に、やっぱりと、徐庶は、何か納得していた。


孔明の妻、月英は、赤い髪の色黒醜女、と、世の中に広まっていた。父親である黄承彦が、娘に悪い虫が付かぬよう、あえて醜女と、傍聴していたのだ。


お陰で、月英は、表に出られず。さらに、孔明と夫婦になっても、孔明が醜女をもらったと、世間では、笑い話にしてくれるわで、月英に関する噂は絶えなかったのだ。


今では、噂が独り歩きして、醜女で、悪妻。夫を顎で使い、尻に敷いている、と、本人が聞けば、どれだけの事が起こるだろうか、想像するも恐ろしい話になっていた。


それを、孔明も、知らぬ訳がなく、またかと、ばかりに顔を曇らせると、よし!と、弾けた声が返って来た。


「諸葛亮よ!せっかくときが出来たのだ。お前さんの家へお邪魔して、語り合うぞ!」


はあ?


つまり、それは、単に、噂の悪妻醜女を見たいと言うことだろう。


と、孔明が言う前に、徐庶は馬にまたがり、お前も早く来いと、言ったのだった。


そして、月英は、微笑みながら、渋い顔をする孔明を出迎えている。


後ろでは、徐庶じょしょが、早く紹介しろと、孔明を、こずいていた。


「あら、旦那様、そちらの方は?」


「あっ、同じ門下生の徐庶という者で、あっ、なかなか気の良いやつで……その、突然ではありますが……家を訪ねたいと言われて……」


「まあまあ、そうでしたか」


月英は、笑顔を絶やさない。


「いやあ、すまんなあ、突然押し掛けてきて。今日は先生がご不在の為、それならばと、諸葛亮の家へ邪魔しようと思いついたのだ。奥方に、上手く、取りついでくれるか?どうも、諸葛亮こいつでは、頼りない」


はははと、徐庶が笑った。と、同時に、カツンと、鋼の音がした。


「わっ、こ、これは、失礼しました。兄のご友人でしたか。あ、あ、畑仕事から、戻って来たばかりで、兄が客人など連れて来るのは、珍しく、つい、くわを落としてしまいまして、申し訳ありません!!」


「ああ、これは、私の弟で、諸葛均、家のもろもろを手伝ってもらっていて……」


しどろもどろになっている、孔明と均の姿に、徐庶は、


「しまったなぁ、こりゃあ、奥方に、土産の一つでも、持ってくればよかった」


と、呟いていた。


「あら、なんて気が効くお方でしょう。でも、構いませんよ。奥様は、お昼寝中ですから、お客人が来ていることもわからないでしょう。いつもの事ですわよねぇ、旦那様?」


月英が、孔明へ意味深な視線を送る。


「あ、ああ、そうだ。つ、妻は、昼寝が大好きで……」


「ははは、門下生の中でも、一二を争う秀才、諸葛亮も、嫁御には頭が上がらんか!」


「そうなんですよ、徐庶様。もう少し、旦那様も、しっかりなさって頂かないと、奥様ったら、どんどん、つけあがるばかりで、本当に!」


はあっ、困ったものだと、息つく月英の姿に、徐庶は、釘付けになっていた。


「あんた、そんな女の侍女なんかやめて、俺の所へ、来ないか?いやぁ、こんなべっぴんを妻にできれば、仕官話も上手く行きそうだ」


「あらまあ!仕官!どなたの元へ?」


いやいや、と、徐庶じょしょは前置きし、仕官とは言い切れないのだが、州牧ちょうかんの所へ出入りしているのだと言った。


「そのうち、何らか機会があるかもしれない。今は、顔を売っている、それだけの話さ。俺のような、単家たんか──、落ちぶれた家の出身など、自分の足が頼りだからなぁ。そうそう良い話は、転がり込んでこない」


「まあ!なんだか、難しいお話ですこと、私には、さっぱりわかりませんわ。残念ながら、徐庶様のお相手は、できませんわね」


しなをつくり、徐庶を相手にする月英は、ちらりと、均を見た。


均は、義姉あねからの合図に慌てて、


「立ち話もなんです。どうぞ、中へ。そうだ、お二人とも、食事はまだでしょう?ああ、侍女や、支度をしておくれ」


勘違いしているを徐庶を、上手く取り込んだ。


──そして、厨房は、まさに、戦場のように、殺気だっている。


お嬢様育ちの月英が、料理などできるはずもなく、均と、童子二人で、支度をし、てんてこ舞いだった。


時折、均は、徐庶の話につきあわされ、その度、童子一人で切り盛りするはめになる。


さらに、徐庶という男、遠慮なく、飲み食いしてくれて、おーい、酒がないぞ、つまみがないぞと、次から次へ催促するのだった。


「なんて男なのでしょう。これでは、我が家の食べる物さえなくなってしまいます」


「奥様、いえ、侍女様、もう、へとへとです」


「ああ、童子、お前は、まだ小さい。よくやってくれた。少し休みなさい」


「あら、そうなると、均様、一人になりますよ?」


あのぉ、と、実に申し訳無さそうな声がした。


「あら、旦那様、どうなされました?」


「いや、皆の事が気がかりで。忙しい思いをさせて申し訳ない。そろそろ、帰すつもりでいるのですが……」


「帰れ、と言い出せないのですね?」


月英の問いに、孔明は、うなだれる。

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