「
「ああ、別に、私は、気にかけておりませんよ?そのうち、旦那様も、食されることでしょう。さあさあ、
言って、月英は箸を進めた。
同居している弟の
兄、孔明は、食事も摂らず、じっと地図らしきものを見て、考え込んでいる。
月英が、何かを教授していたようだが、それと、兄の行いは関係あるのだろうかと、均は思う。
「あの、義姉上様?兄と話しこまれていたようですが……そのぉ、やはり、私は、ここから出て行った方が良いのでは。さすれば、もっと、気兼ねなく、二人で長話もできるというもので……」
「あらまあっ」
月英は、青菜の
「ならば、いつも、私一人で、夕食を摂ることになりますわ。旦那様は、何かあれば、ああですもの」
と、孔明に、ちらりと目をやる。
「あー、ですが、やはり」
「新婚、だから、ですか?」
「はあ、まあ、そうです」
この義姉には、かなわない。下手な誤魔化しなど、通用しない、と、均は思いつつも、その食べっぷりに、目を見張った。
「うーん、まさか、青菜が、このように、美味しい物とは。均様が、いなければ、採れたての新鮮野菜は、用意できませんし」
ふふふと、月英は笑った。
「はあ、お役に立てているのならば」
「晴耕雨読」の生活を送っている孔明兄弟であったが、実の所、孔明は、「晴読雨読」に徹して、耕し仕事は、均の日課だった。
すると、その孔明が、立ち上がった。
「明日、
言って、寝所へ向かおうとした。
「旦那様。それならば、腹ごしらえをしておかなければ」
ねっ?と、どこか、甘えるような素振りで、月英は、孔明へ食事を勧めた。
あっ、と、孔明、均、兄弟は、小さくつぶやき、頬を赤らめる。
「で、では、お言葉に甘えて……」
「あ、私は、裏方で、童子と共に……」
孔明も均も、しどろもどになった。
翌日、一番鶏が鳴く頃出立したはずの孔明は、夜になっても帰って来なかった。
「
夜更かしをする事があっても、兄、孔明が帰って来ない事などなかったからだ。
「まあ、帰って来ないのだから、仕方ないではありませんか」
「あー私も共をすれば。兄は、あまり街へ、出た事がないのです。道に迷ってしまったのかも」
「全く、子供じゃあるまいし、そもそも、
均は、耳を疑った。この地で、戦など始まっていない。そして、今の所、どの土地も、平定している。いったい……。
月英は、童子に、揚げ菓子を持って来させ、呑気に食していた。
「帰って来たくなれば、戻ってこられますよ」
「で、ですが!仮にも、
「まあ、そうだとして、あの方が、黙って引き下がりましょうや?」
それもそうだ、と、均は、思う。あの兄の事、きっと、理詰めで、相手をやり込めるに違いない。
そして……。ふと、思う。
「義姉上、何故、先程、戦場などと?」
「そろそろ、ではないかしら?いつまでも、田舎長官よろしくの者しかいないのも、不都合じゃなくって?」
あっと、均は、声を揚げ、色めいた。
「では、兄は、仕官に!」
「仕官に、か、どうかは、分かりませんが、少なくとも、思う所は、あったのでしょう。ですから、その準備に入ったのでは、ないかしら?」
月英の言葉に、均の胸は、高鳴った。鼓動が、ドキドキと鳴っている。
ついに、動き出した。兄の、才能が、認められる日が来るのだ。
このまま、片田舎で、埋もれてしまう運命なのか、自分では、兄の力になれないのかと、嘆いていた日々は、終わりを告げる。この義姉ならば、兄の名を世に轟かせてくれるにちがいない。
「まあ、均様、お座りなさいな。私達が、どうこう考えても仕方ないこと。なるようにしかなりません。と、いうよりも、あくまでも、孔明様の人生です。私達が、口をはさむ事では、ありません。が、少しばかり、背は押さないと、あの方は……いけないようですけどね」
きっと月英の思惑通りなのだろう。えらくご機嫌な素振りで、均へ菓子を勧めているのだから……。