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戦の前には女あり2


義理姉上あねうえ様」


「ああ、別に、私は、気にかけておりませんよ?そのうち、旦那様も、食されることでしょう。さあさあ、きん様、冷めないうちに食べましょう」


言って、月英は箸を進めた。


同居している弟の諸葛均しょかつきんは、これまた、兄の上を行く嫁がやって来たと、呆れつつも、少しばかり頼もしく感じていた。


兄、孔明は、食事も摂らず、じっと地図らしきものを見て、考え込んでいる。


月英が、何かを教授していたようだが、それと、兄の行いは関係あるのだろうかと、均は思う。


「あの、義姉上様?兄と話しこまれていたようですが……そのぉ、やはり、私は、ここから出て行った方が良いのでは。さすれば、もっと、気兼ねなく、二人で長話もできるというもので……」


「あらまあっ」


月英は、青菜の鹹菹しおづけを口に運びながら、均へ言う。


「ならば、いつも、私一人で、夕食を摂ることになりますわ。旦那様は、何かあれば、ああですもの」


と、孔明に、ちらりと目をやる。


「あー、ですが、やはり」


「新婚、だから、ですか?」


「はあ、まあ、そうです」


この義姉には、かなわない。下手な誤魔化しなど、通用しない、と、均は思いつつも、その食べっぷりに、目を見張った。


「うーん、まさか、青菜が、このように、美味しい物とは。均様が、いなければ、採れたての新鮮野菜は、用意できませんし」


ふふふと、月英は笑った。


「はあ、お役に立てているのならば」


「晴耕雨読」の生活を送っている孔明兄弟であったが、実の所、孔明は、「晴読雨読」に徹して、耕し仕事は、均の日課だった。


すると、その孔明が、立ち上がった。


「明日、襄陽じょうようの街まで、出かけて来ます。朝早く出ますので、私は、もう、休みます」


言って、寝所へ向かおうとした。


「旦那様。それならば、腹ごしらえをしておかなければ」


ねっ?と、どこか、甘えるような素振りで、月英は、孔明へ食事を勧めた。


あっ、と、孔明、均、兄弟は、小さくつぶやき、頬を赤らめる。


「で、では、お言葉に甘えて……」


「あ、私は、裏方で、童子と共に……」


孔明も均も、しどろもどになった。


翌日、一番鶏が鳴く頃出立したはずの孔明は、夜になっても帰って来なかった。


義姉上あねうえ!そんな、呑気に、茶を飲んでいる場合ですか!」


きんは、慌てている。


夜更かしをする事があっても、兄、孔明が帰って来ない事などなかったからだ。


「まあ、帰って来ないのだから、仕方ないではありませんか」


「あー私も共をすれば。兄は、あまり街へ、出た事がないのです。道に迷ってしまったのかも」


「全く、子供じゃあるまいし、そもそも、戦場いくさばへ、出陣すれば、迷うどころか」


均は、耳を疑った。この地で、戦など始まっていない。そして、今の所、どの土地も、平定している。いったい……。


月英は、童子に、揚げ菓子を持って来させ、呑気に食していた。


「帰って来たくなれば、戻ってこられますよ」


「で、ですが!仮にも、襄陽じょうようの街ですよ!兄には、色々と、刺激の強い誘惑が!い、いや、誰ぞに、騙されて、何かに、まき込まれているという事もありえます!」


「まあ、そうだとして、あの方が、黙って引き下がりましょうや?」


それもそうだ、と、均は、思う。あの兄の事、きっと、理詰めで、相手をやり込めるに違いない。


そして……。ふと、思う。


「義姉上、何故、先程、戦場などと?」


「そろそろ、ではないかしら?いつまでも、田舎長官よろしくの者しかいないのも、不都合じゃなくって?」


あっと、均は、声を揚げ、色めいた。


「では、兄は、仕官に!」


「仕官に、か、どうかは、分かりませんが、少なくとも、思う所は、あったのでしょう。ですから、その準備に入ったのでは、ないかしら?」


月英の言葉に、均の胸は、高鳴った。鼓動が、ドキドキと鳴っている。


ついに、動き出した。兄の、才能が、認められる日が来るのだ。


このまま、片田舎で、埋もれてしまう運命なのか、自分では、兄の力になれないのかと、嘆いていた日々は、終わりを告げる。この義姉ならば、兄の名を世に轟かせてくれるにちがいない。


「まあ、均様、お座りなさいな。私達が、どうこう考えても仕方ないこと。なるようにしかなりません。と、いうよりも、あくまでも、孔明様の人生です。私達が、口をはさむ事では、ありません。が、少しばかり、背は押さないと、あの方は……いけないようですけどね」


きっと月英の思惑通りなのだろう。えらくご機嫌な素振りで、均へ菓子を勧めているのだから……。

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