「……赤子がっ?!」
「もちろん、まだ、ですけど?そもそも、孔明様は、まだ、私のアソコの毛の色を確認しておりませんでしょう?何を驚かれておりますのやら」
言って、女は、孔明をからかうように、腹に手を当てた。
「あ、あ、あの、私が、私に……赤子が、いや、あの、アソコって……!」
「あれまあ、本当に不甲斐ない。どんと、構えておればよろしいのに。だから、書生だなんだと、理由をつけて、プラプラなされているわけですか。そんなに、仕官が、お嫌なのですか?」
「その様なことは!私は、名君となられる、素質を持つ方が現れるのを待っているのです。そうして、その方と、共に、帝にお仕えし、安寧なる国造りの一環となる知恵をお示ししたいのです。だからこそ日々、書物に目を通している!」
一気に想いを捲し立てる、孔明の瞳は、燃えたぎっていた。
それを見て、女は、
「少しばかり、長居をしてしまいましたわね。では、また」
何事もなかった様に、席を立った。
女を引き留めるべきか、否か、ああ……と、口ごもる孔明に、背後から声がかかる。
「旦那様、お食事は、お済みですか?茶をお持ちしますが?」
女が連れて来た、童子が、孔明を甲斐甲斐しく、世話をし始めた。
「あー、いや、そうだな」
何が起こっているのか、まだ、分からない孔明は、童子にされるがままになっていた。
そして、家の戸口では、帰路につく女と、山菜取りから戻って来た均が、鉢合わせしていた。
「あっ!もう、お帰りですか?」
「ええ、今日のところは。また、いえ、ずっと、お邪魔する事になると、思います。私、黄承彦の娘、月英と、申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「やっ、ややっ、その様な!」
深々と頭を下げる女──、月英に、均は、焦った。
「あー!どうぞ、どうか!頭をおあげ下さい!
「まっ!話は早い!確か、あなた様は、孔明様の弟君、均様ですね。どうか、これから、私にも、孔明様を支えさせてくださりませ」
「もちろんですとも!兄は、あんな風ですが……」
「ええ、今はまだ、少しばかり、不器用なだけ。されど、確かに、あの方は、確かな才を持ち合わせてらっしゃる。噂通り、
月英の、どこか野心に燃える瞳に、均は思う。船頭は二人は要らぬ。だが、今、助け舟が現れたのだと──。
「あら?山菜ですか?ならば、下ごしらえの時、童子をお使いください。まだ、小さいですが、一通りの事は、仕込んでおりますから」
「いや、それは、助かります!手伝いがいるのと、いないのとは、大違いですからなあ!」
ふふふと、笑う月英に、均も、つられて笑った。
──暫く後、黄承彦は、孔明の元へ娘を馬車に乗せて送り届けた。
名士黄承彦の醜女娘を、孔明が嫁にもらったと、たちまち噂は広まり……。
「孔明の嫁選びを真似るなかれ」と、諺にまでなり、後の世に伝わった──。