差し入れとやらの大皿を挟んで、孔明と女は、向かい合って座っている。先程から、童子が、二人の為に取り皿へ、盛られている鶏肉と、添え物の野菜を盛っていた。
互いに皿が並ぶと、女は、頂きましょうと言って、箸をつけた。
とたんに、まろやかな顔つきになる。どうやら、女の好みの物を持って来たようだ。
その間も、童子は、孔明の家の裏方で、茶を用意したりと、忙しく動いていた。
「一人位は、使用人がおらねば、相手に舐められます」
「はあ。そうゆうものですか」
はい、と、答えながら、女は、箸を口元へ運んでいる。
「例えば、仕官の話が来ても……」
「……仕官ですか。私に」
「そうですよ?あなた様に、声がかからずして、どなたに?」
「ほお」
孔明の、試すような、又は、他人事の様な物言いが、女の気を逆なでたのか、
「では、あなたは、妻の家に、養ってもらうつもりなのですか?仕官もせずに、このままなのですか?」
と、なにやら、強引に、妻、の話を持ち出して来た。しかし、実の所、そこ、が、心配なのだろうと、孔明は、思う。
孔明は、思い出したのだ。
女の父、名士である黄承彦に、嫁を
「……ですが、黄承彦様。私は、ただの書生で、嫁など、まだまだ……」
「おやおや、また、そのような事を。孔明殿、そなたの噂は耳にしている。才能溢れる男──、
一ヶ
さらに、
「……ただ。親の私が見てもねぇ、器量の方が。何しろ、娘と来たら、赤毛で色黒。いわゆる、不美人なんだが、才知の方は、かなりのもので、私は、孔明殿、そなたの才と、お似合いだと思うのだよ」
名士は、美人は三日で飽きるとか、才がなければ、内助の功も発揮できないとか、知れた能書きを、くどくど言い回した末、やおら、孔明へ顔を近づけてきた。
「幸いな事に、娘は、体が丈夫だ。きっと、子宝にも恵まれる。何しろ、跡を継ぐ者がなければ、家は、潰れてしまう。もしも、その様な事があり、貴殿の有能な血が引き継がれなくなるとなれば、残念至極。つまりだね、嫁選びとは、非常に重要な事なのだよ」
残念至極と、誉められましてもと、孔明が恐縮している側から、黄承彦は、何故か、声を潜めた。
「でだ、これは、ここだけの話だよ。夜になれば、顔など伺えまい。いや、まあ、あの時の顔が、良いという者もいるがね、盛り上がってしまえば、そんなもの。結局の、所は、アソコの相性だろう?しかも、うちの娘は、赤毛だよ。分かるかい?孔明殿。髪が赤毛ということは……、アソコ、の毛も、赤いということ……」
「はっ?!」
くくくく、っと、実に下衆な笑い声を挙げると、黄承彦は、どうだろう?と、孔明へ返事を迫ったのだった。
──アソコ、とは。全く。
そんな事に釣られて、ホイホイ、話を受けられるかと、孔明は、怒り半分、飽きれ半分で、話を留保していた。
そして、気が付けば、一ヶ
「どうせ、父が、娘は、醜女だが、と申したのでしょう」
「いや、醜女、とまでは……」
うっかり口を滑らせた孔明に、女は、はあぁと、ため息をついた。
いつも、こうなんです──。
顔を歪めて、そう愚痴をこぼす女の姿は、実に妖艶だった。
容姿と、実家の財力に釣られる男は、ろくなもんじゃないと、黄承彦は考え、娘の容姿をあえて、醜女と言っているのだとか。
「父の言いたいことも、分かります。ですが、それを、あちこちで、吹聴して……」
これでは、表も歩けないと、女は、更に、息をつく。
はあぁと、流れる吐息に、孔明の胸は、妙に高鳴った。
いったい、己の身に何が起こっているのか。これは、何なのだろうと、思いつつ、またもや、つい、口が動いていた。
「あー、その、アソコが。アソコが……」
「はあ?アソコ、とは、どこですか?」
「いや、醜女ではなく、アソコの毛も赤いと……」
あっ、と、孔明は叫び、慌てて、詫びを入れようとしたが、女は、泡を食って、箸を落としていた。
「……それで」
「ああー、私は、アソコが気になるとか、そんなことではなくて!いや、あの、そうではなくて、ですね!!」
「……よろしいですよ。殿方と、いうものは、そもそも、そういう生き物です……しかしですね」
「申し訳ございません。実に、不快な、言葉を発してしまい……まして」
「で、孔明様、私の、髪は、黒うございます。ならば、アソコの毛は、どうなのでしょう?」
ひっ、と声を挙げ、今度は孔明が、箸を落としていた。
「成る程、あなた様の事が、良く分かりました。これは、暫く、仕官に向けて、整えなければ、なりませんわね」
「あ、あ、あの、整えると、申しますのは?」
「噂に名高い、諸葛亮孔明と、私も、多少、気になりこうして、お伺いしましたが、結局、単なる男でありましたか」
女は、袖を、口元に当て、ふふふと、笑った。
孔明は、何が起こっているのか、まだ、分からなかった。
胸の内から涌き出てくるモノが、なんなのか。同時に、何故、自分が、微笑んでいる女に、見惚れているのかと、戸惑うばかりだった。
「まあ、よろしいでしょう。そこを、うぶ、と、捉えるのか、表裏のない誠実さ、と、捉えるかは、仕官なさる先、お仕えいたす、主君が決めること……ああ、まずは、どなたにお仕え致すか。そこからですわね」
「い、いや、私は……」
「よろしいこと?このまま、