「パパのウソつき。これでおまえの心臓を撃ちぬいてやるからな!」
そう叫ぶと、息子の
「よしなさい。パパは急なお仕事なんだからしょうがないでしょ」
妻の
「うっ、撃たれた!」
わたしはその場に倒れそうになりながらも、玄関で靴を手早く履くのであった。
「渉、ごめんな。明日行こう。明日は絶対だいじょうぶだからさ、な」
「あなたいってらっしゃい」
良枝が小さく手を振ってくれる。
「この裏切り者!」
息子が口をへの字に曲げる。背広を引っかけて、転がるように玄関を出た。
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今日は土曜日である。天気もいい。家族三人で遊園地に行く約束をしていたのだ。
医療機器メーカーの営業などをしていると、得意先の医院長から突然ゴルフのお誘いを受けることは日常茶飯事のことなのである。
しかし今日はゴルフではなかった。医院長家族の“いちご狩り”のお供にご指名を受けたのである。話をきくと、おかかえ運転手が風邪で熱を出してしまったとのこと。
白髪で髭をたくわえた初老の医院長に似合わず、婦人は意外なほど若々しく、見ようによっては美人であった。息子は渉とほぼ同じぐらいの年のようだ。ワンパクである。接待ゴルフ以上に気をつかう。
イチゴ農園で申し訳ていどの練乳が入ったプラスチック容器を受け取り、1月なのに南国のような熱気のハウスでいちご狩りをはじめた。生温かいいちごが口の中で潰れ、いちごの甘さが洪水のように広がった。
「ああ、渉たちにも食べさせてあげたかったな・・・・・・」
わたしは残り少ない練乳に目を落としながらつぶやいた。(そうだ、少しぐらいポケットに入れて持って帰ってもわからないんじゃないか)
わたしは背広の内ポケットに赤い実を入るだけ入れて微笑んだ。
いちご狩りは時間制限があるのがいい。ものの1時間もするとタイムアップとなった。
帰り道も慎重に運転した。一家
「戸田君、今日は急に呼び出したりして済まなかったな」
「いえ、とんでもございません。わたくしまでいちご狩りをさせていただき楽しかったです」
「そうかね。君がこのあいだ紹介してくれた医療機器だがね、導入することにしたよ」
「え、ほんとうですか」(やった!)
「ところで、明日ゴルフでひとり欠員がでたんだが、来れるかね」
「もちろんですとも!」と、わたしはドーンと胸を叩いた。
それと同時に甘い匂いが立ち上り、左胸に赤々と染みが広がって行くのがわかった。頭の中で渉の声が聞こえたような気がした。
『パパのウソつき。これでおまえの心臓を撃ちぬいてやるからな!』