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ムーちゃんのぼうけん

新しく取りかかる劇のプランニングに名乗りを上げたのは、意外にもムーちゃんだった。

自分と同じように内向的な子たちのために、みんなが笑顔になれる劇を作りたい。

ムーちゃんからこの申し立てがあったということ自体から、その想いが強く伝わってきた。

「ね、ムーちゃん!あの話!どうなった?」

「ふぇ?」

「笑顔の魔法プロジェクト!」

「緑子さん……昨日話した通りですぅ……。まだあんまり固まっていないのですから……みなさんのお力を借りたくて……」

「そうだったね!じゃあえっと……」

「とりあえずみんなが揃ってからにしましょう……」

「う……うん……ごめんねせっかちで」

「いいんです。ムーちゃんもそうですから……」

「はは……」

「……おはよ」

優乃が部室に入ってきて小さな挨拶をかける。

「あ、優乃。おはよー」

「おはようございますぅ!優乃さまっ!」

ほんとにこの子は露骨に態度が変わるね……。

「何かあったかしら?」

「もうちょっと待ってね」

「おはよう」

「あ、シィドくんもきた!」

「じゃあ始めましょうか……」

「あ、ちょっと待って待って」

「なによさっきから……」

「実はね、活動指針についてムーちゃんから提案があります!」

「へぇ?」

「あ……あああ……あの……その……」

「がんばれ!」

「む……ムーちゃん……その……えっと……魔法が……あの……元気で……それで……みんな……楽しくて……」

「…………」

「……だから……できたら……いいなって……思って……その……」

ムーちゃんはめちゃくちゃな身振り手振りをしながら一生懸命に何かを伝えようとしているようだったが、それは文章にすらなっていないもので、私にはさっぱり理解できなかった。

「……わかったわ」

しかし、優乃は一言そう言った。

「え?」

「やりましょう。ムーちゃん」

「ちょ……ちょっとちょっと優乃?何をするかわかった?」

「新しい劇の計画を立てるんでしょう?みんなを楽しませるための……ね」

「は……はわわぁぁあ~っ!」

ムーちゃんは優乃の言葉通りだったことを示すかのような感嘆の嬌声を上げる。

「えっと……どういうこと?」

もちろんシィドくんも理解していない。私だけじゃないよ。

「甘いわね、シィド。この子の言葉にもう少し慣れた方がいいわ……」

「う……うん……」

「それでそれでっ!あの……ムーちゃん……これを書いてきたんです!だから……みんなで読んで欲しいんですっ!」

ムーちゃんは嬉しそうに懐から紙の束を出して机の上に広げた。

「見せてちょうだい……」

しばらくみんな静かにムーちゃんの計画書を読んだ。

「……なるほど。面白いわ」

「すごいよムーちゃん!これなら僕たちにぴったりだ!」

「魔法研究部のイメージアップにも繋がる……でかしたわ」

「はわわわわぁ~っ!」

ムーちゃんは一際大きな嬌声を上げて喜んでいた。

「じゃあひとまずはムーちゃんと台本のイメージを練らせてもらってもいいかな?」

「あ……お願いします……」

「うん!頑張ろうね!」

シィドくんにもまだ慣れていないらしくムーちゃんは固くなったようにぎこちなく礼をした後シィドくんと作業を始めた。

「私と緑子は……どうする?」

「じゃあえっと……ひとまずは基礎練かな」

「わかったわ」

私は優乃とともに発声や柔軟体操を行った。



「あらあら?あなたたち頑張ってるわね」

しばらく各自で活動していたところルミナ先生が来た。

「先生、遅いですよ」

「ごめんごめん。昨日ちょっと夜更かししちゃって」

舌を出しながらやや軽めに頭を下げる。

「先生が遅刻じゃ僕たちに示しがつきませんよ」

「はい……」

「そ……そうですよぉ……今日はムーちゃんも頑張ったんですから……っ!」

「何かあったの?」

「そうなんです!なんとムーちゃんが計画を発案したんです!」

「ええっ!ムーちゃんが!」

「はいっ!」

「私はそんな感動的な場面に立ち会えなかったのね……!」

「そうですよ!だから今度からはしっかり来てくださいね!」

「はぁい。……それで?ムーちゃんの発案っていうのは?」

「それはですね……」

ルミナ先生に説明した。

「なんですって!笑顔の魔法プロジェクト!?」

「そうなんです!」

「はぁ~っ!先生感激です!そうよね!魔法は人を笑顔にする!よくわかってるじゃないムーちゃん!」

ルミナ先生は興奮した様子でムーちゃんの頭を撫でる。

「えへへぇ」

「それで?内容は固まったの?」

「い……今シィドくんと考えていたところなんです!」

「どう?シィドくん」

「いやぁ……なんというか……感心してしまいました」

「えっ?」

「ムーちゃんひとりでも書けるんじゃないかなって思って……」

「そ……そそそんな!そんなことないですよぉ!」

「いやいや、ムーちゃんはすごいよ。自信もっていいと思う」

「またそんなことを言って……ムーちゃんを持ち上げようっていうんですかぁ……?」

謙遜の果てにムーちゃんは疑念の目でシィドくんを見つめるようになった……。

「そんなことないって!」

「だ……騙されませんよっ!」

目をぎゅっと瞑りながらムーちゃんは叫ぶ。

一瞬の静寂が狭い部室の中に広がる。

「ムーちゃん……」

「やめなさいムーちゃん……。あなたは仲間の言うことも信じられないの?」

「は……ご、ごめんなさい……ムーちゃん……そうです……みんなのこと……信じてます……」

「よしよし。それでいいのよ……」

「は……はわわ~……」

盲目的に優乃に陶酔するようなムーちゃんを見ていると何だか危うささえも感じるが……彼女は今でさえ変わろうとしている。それを咎めることもないだろう。

「ま、まぁ頑張ろう。ねっ」

「はいっ!」

「うん!」



それから数日間は笑顔の魔法プロジェクトの台本待ちだった。

「えっと……ムーちゃん、シィドくん。進捗はどうですか?」

「えっと……あの……ムーちゃん……頑張ってるんです……頑張ってるんですけど……うぅ……」

「んー、ごめんね。僕ももう少し時間が欲しいかな」

「……具体的には?」

「え?」

「何日かかるのってきいてるの」

優乃が煮え切らない2人に問いかける。

「えっと……それは……」

「……いいかしら?今回は期限があるわけじゃないから別にいいけれど、もし何かのイベントの時にやるのならば必ずその日までに間に合うように予定を組まなければいけないわ。台本の段階で進まなければ私たちは何も出来ない。これ以上無駄な時間はないわ」

「……ごめん」

「ごめんなさいぃ……」

至極真っ当な説教を受けて、2人はただ謝ることしかできなかった。

「それで?いつまでにできるのってきいていいかしら?」

「……3日」

絞り出すようにしてシィドくんは定刻を述べる。

「そう?」

「え……」

「本当に3日でできるの?」

「………」

その顔にはそれを認めるだけの自信は無かった。

「……あのね、私は別に責めてるわけじゃないのよ。あなたたちが頑張ってやってることも知ってるつもりよ。特にムーちゃんは企画の立案者ってこともあって中途半端にできないプレッシャーもあるでしょう……。でもね、そういう時にはあなたたちだけに全て任せるわけじゃないのよ?行き詰まったなら私たちにも相談しなさい……。そうしたら私たちも手持ち無沙汰にならないし新しいアイディアも出るわ……」

「優乃……」

そう言う優乃もやはりばつの悪そうな顔をしていた。急かしてしまうことを覚悟しながらも指摘しなくてはいけない。その気まずさからは私でさえも逃げていたことだ。

「む……ムーちゃん……」

「え……?」

「嬉しいですぅ~!」

「えっ!」

一転、ムーちゃんが大きな声を上げながらその顔を上げる。

「優乃さまは……本当に全部わかってくれるんですね……!」

「……」

「……お願いしますっ!ムーちゃんを助けてくださいっ!」

そしてこの盲目的な信者は、その言葉の全てを受け入れたらしい。

「わかったわ。さ、緑子。やるわよ」

「う、うん!」

優乃は真剣だ。この部活に対して1番真面目に取り組もうとしているのではないか。初めの頃とは全く違う心構えになった優乃を見て、私も頑張らなくてはと気を引き締めた。



「まず、大まかな流れはできているの?」

「それはできています……。でも肝心の魔術が……」

「……確かにそこはどういう仕掛けにするかを相談しないと作りにくいわね」

「まずは……どういうジャンルなのかな?」

「笑顔にしたいので……コミカルな感じにしてあります……。ただ、そこに平然とあるように魔術を織り交ぜていきたいんですけど……」

「なるほど。今回は魔術をメインにするのではなくて合間合間に入れて印象づけていこうというのね」

「はいぃ……。優乃さまみたいな強い印象を与えるものでなくて、まるで当たり前のようにそこにあるもの……という感じですぅ」

「どうして?」

「……特別ではない……そんなありふれたものが……特別に見えたら素敵だなって……思いまして……」

「なるほど。劇の中の世界では特別ではない……でも観客には特別……。逆説的に内向的な性格を否定するのね……」

「はい……ムーちゃんも……ここにきて教えてもらったんです……。当たり前に持っていたものが……特別になるかもしれない……って……」

「……いいことね。あなたの真実を織り交ぜた台本というものは……きっと多くの人の心を奪うわ」

「優乃さまぁ……」

ほわんとした瞳で優乃を見つめる彼女だが、相変わらず優乃はそれを気にも留めず話を進める。

「そう……今回はなかなか僕も口を出せなくてね……。どちらかというとムーちゃんの視点によるものだから」

「まぁそうだよねえー。シィドくんは頑張ったと思うよ」

「ありがとう緑子ちゃん」

「でもシィドはそれも踏まえてサポートできなきゃね……」

「う……ごめんよ」

「まぁいいわ……それで、どう作っていこうかしら?」

「そうだなぁ……日常をテーマにしているのならば普段当たり前にあることをより便利に、或いは驚くような形で再現出来る魔法……とか?」

「例えば?」

「うーん……遠くにあるものを歩かずに取る……とかどう?」

「そんなことが可能なんですかぁ?」

「まぁ理屈は簡単。実際にはできないにしても観客にはそう見せることはできるって感じ」

「なるほど……簡単な理屈ということは観客から見た視点でも簡単に見えるということなのね……?」

「そ!だからこのお話の中では誰でも当たり前にできるってこと!」

「じゃあその魔法はひとつ採用ね……。今回はこういう小さめのトリックを何個か出して作り上げる、という流れね」

「うん!じゃあみんなも色々と考えてみよう!」

試行錯誤の結果何個かアイディアも集まり飛躍的にこの台本は完成に近づいていった。



「うん!いい感じ!すごくいい感じだ!今日はかなり充実していた気がするよ!」

「ありがとうございますぅ!こ……これなら……プロジェクトも成功しそうな……そんな気がしますよぅ!」

「その意気だね!絶対成功させよう!」

「はいっ!」

「よかった……やっぱりみんなでやるのってすごく効率がいいんだね。……優乃ちゃん、ありがとう」

「そう……それに、これが青春……なんでしょう?緑子」

「優乃……!」

「なんだか優乃ちゃん、すごく生き生きしてるね。」

「そうかしら……?」

「そうだよっ!なんか……何事にもやる気がなさそうだったのに!」

「失礼ね……でも、そうね。最近は充実していて…………うっ…!」

先程まで満足そうな顔をしていた優乃が、突然苦痛を感じたように顔を歪めながら胸を押さえた。

「ど、どうしたの!?」

「……なんでもないわ。少し疲れたみたい」

まだ肩を上下させてはいたが取り繕ったような薄い笑みを浮かべてそう返した。

「そ……そう?」

「優乃さま……?」

「心配しないで……大丈夫だから」

「ジュース飲む?」

「いただくわ……」

優乃に水筒に入れておいたりんごジュースを渡した。

「……ありがとう」

優乃の顔色はあまり優れない。

「ちょっと休む……?」

「問題ないわ……」

「ま…まぁでも台本もひと段落したしもういい時間だからそろそろ終わりにしよっか?」

「……そうね。それもいいかもしれない」

優乃は少し安堵したような表情だった。……明らかに無理をしていたようだ。

「よし!じゃあ帰ろ!ね!」

「お……お疲れ様でした……」

「はい、お疲れ様でした!」

今日は解散となった。

「優乃……一緒にかえろ」

「……いいわよ」

「……肩、貸そうか?」

「別に……なんともない」

「優乃~。仲間は頼るものなんじゃないの?」

「……そうね。じゃあお願いしようかしら……」

私は優乃を支えながら帰った。

……ムーちゃんが少し羨ましそうに見ていた……。

「ムーちゃん……家の方向違うもんね……」



「じゃあ……また」

「うん!またね!」

家の方角が変わる場所まで来たので途中でお別れした。

優乃はさっきまでよりは体調が良さそうに見えた。みんなに気を配って疲れてしまったんだろう。帰り道も口数は少なかった。……まぁ、もともとあまり多い方ではないが。



翌日、放課後に部室へと向かった。

「あ、緑子さん……」

「ムーちゃん。やっほ」

「こ……こんにちは……」

「どう?台本の方は?」

「……な……なんと……できちゃいました……」

ムーちゃんは自分でも信じ難いといったような声音でそう答える。

「えっ!ほんと!?」

「は……はいぃ…...。ヒントをもらったので…...とっても助かりました…...。あ、ありがとう…...ございます…...」

「ううん!みんなで力を合わせた結果だもん!」

「で……でもとりあえず…...シィドくんに見せて……添削してもらわないといけないんです……」

「じゃあ私と優乃はもう1日は別のことかな」

「す……すみません」

「謝んないでよ!道具の目処もたったしそこの仕掛けも準備するからさ!」

「は…...はい!」

「あら…...はやいのね…...」

優乃が部室に入ってきた。

「あ、優乃」

「優乃さま!お疲れ様です!」

ムーちゃんはすっかり背筋を伸ばしてぺこりとお辞儀する。

「ん」

「みんな来てたか」

シィドくんもきた。

「全員揃ったね!」

「あのっ!シィドくん……。これ……読んでください……」

まるで恋文を渡すかのような口振りでムーちゃんはシィドくんに台本を渡した。

「これ……あっ!もう書いたの!?」

「は……はいぃ…...」

「はやいのね……。3日は必要なんじゃなかった?」

「い……いえ……行き詰まって時間がかかってしまっていたので……やりだしたらいけちゃいました……」

「じゃあ僕はこれを読んで……気になるところを挙げればいいのかな?」

「は……はい!お願い……します……!」

「うん!じゃあ早速見ていこう!」

シィドくんとムーちゃんは2人で台本の確認を始めた。

「うん、始まった……って感じだね!」

「そうね……」

「それじゃあ私たちも今日は自主練頑張ろう!明日からは台本が入るからね!優乃も主演なんだから気合い入れてこー!」

「あら……?私は今回は主演をやらないわよ」

まるで当然だと言わんばかりにあっさりと優乃はそう言い放つ。

「え……?」

「な……なっ……ななな……なにを言っているんですかぁ!?」

動揺したムーちゃんが爆音で叫び声を上げる。

「ム……ムーちゃんは……優乃さまがやってくれるからと……そう思って……頑張って書いたのに……!」

「……」

「なんでですか……?ムーちゃんの台本……気に入らなかったんですか……?それなら書き直しますから……お願いです……」

ムーちゃんは泣きそうになりながら縋るように優乃に懇願する。

「違うわよ……。このプロジェクトの主役は、他でもないあなたなのよ。だから、みんなに勇気を与える役目は、あなたにこそ相応しい……」

「そ……そんなの……無理ですよぉ……。だってムーちゃん……」

「あら……それじゃあこの計画も無理ね。こんなに活躍しているあなたにできないんじゃ、この劇を見た人にもきっと自分を変えることはできないわ」

そう言って優乃は突き放すようにそっぽを向く。

「ちょっと優乃……流石に意地悪だよ……」

「…………そうか……ムーちゃん……もう……大丈夫なんだ……」

彼女は吹っ切れたように何かを呟いた。

「え?」

「……ム……ムーちゃん……っ!やります……っ!やらせてください……っ!」

拳を握りしめてムーちゃんは思いっきり決意を叫んだ。

「よく言ったわ……。大丈夫。私たちは必ずサポートする。みんなであなたの夢を叶えるのよ」

「はわわ……ううぅぅ!ぜったい!成功させます!優乃さまの……いや……みんなのためにっ!」

「ムーちゃん……!」

優乃だけを見ていた彼女が、ようやく私たちと協力して劇を作る意志を固めたようだった。

「さぁ、冒険は始まったばかりよ……!頑張りましょう」

「はい!」

「よーし、じゃああれ、やるよー!」

「ん?……あぁ」

「魔法研究部、青春のってこーっ!!」

「のってこー!!」

不揃いだった掛け声は、あの日より更に大きなものとなり、狭い狭い部室の中が、震えるほどの声が響く。

ここから始まるんだ!

私たちみんなで!

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