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あなたになっていく

依然として私はこの地獄から抜け出せずにいる。みんなは私に辛く当たる。無視されていた時よりも酷くなった。

繰り返される暴言、暴力。私は心の支えも失いなすがままに全てを受け入れるしかなかった。



「ムーニィ、あんた最近変だよ?」

ママが不機嫌そうに私に言う。

「大丈夫です……ママ……」

「その喋り方もおかしい。誰から影響受けたの?文句言ってやる」

イライラとした様子を隠そうともせずママは机を叩く。

「やめて……ください……」

「まったく……騒がしいのがようやく大人しくなったと思ったら今度は気持ち悪い話し方になっちまって……あ~あ、わけわかんないわ」

「……」

「まぁいいわ。なんでもないって言うならそれでいい。さっさと寝な」

「……はい」

ママも、私を守ってはくれない……。

セレンちゃん……私も……そっちに行ってもいいかな?



私がそれを決意したのは、必然だったのかもしれない。味方どころか敵しかいない現実から、早く友だちのいる場所へ行きたかった。

爽やかな風が吹く少し肌寒い渡り廊下。屋上は鍵がかかっているけれど、ここなら容易に身を乗り出すことができた。

柵を乗り越えると、めまいのするような気分になる。でも不思議とそのぼんやりとした感覚が気持ちよかった。

あと1歩踏み出したら……。そう思うと急に怖くなる。でも、どちらが怖い?このまま過ごすのか、ここで、終わらせるのか。

考えるまでもなかった。私は柵から手を離してゆっくりと目を閉じた。身体が前に倒れていく……。

が、次の瞬間私の身体は後ろにぐいと引かれてしまった。背中に感じた柵に当たった衝撃で私は現実に引き戻される。

「あうっ……!」

「てめぇ!なにやってんだよ!」

「そんなことされたら迷惑だろうが!」

そこにはみんながいた。私をここに立たせたみんなが。

「なんで!なんで邪魔するんですか!私は!もう我慢できません!」

「知るかよ!ほら……っ!戻れ!」

「いやっ!やめてぇ!」

数人の女生徒に引かれては私一人では力が足りない。私は思いっきり柵に引っ張られてしまった。

「きゃあぁっ!」

 私の身体が柵を飛び越え、そして……廊下の床に思いっきり頭を打った。

「おい……ムーニィ……?」

「血……血が出てる!」

「誰か……誰か呼んで!」

「いやだめだ!バレる……」

「そんなこと言ってる場合!?」

「そりゃそうだろ!怪しまれる……!」

「でも血が……止まらないよ!」

「……!…………!!」

声が遠ざかって……意識が途切れた。



「先生……ムーニィは大丈夫ですか?」

「どうも頭部への衝撃で記憶に異常があるようだ……」

「記憶に……?」

「もしかするとみんなのことも憶えていないかもしれない……もしムーニィがみんなのことを忘れていてもみんな優しくしてあげてくれ」

それを聴いた女生徒たちは顔を見合わせて笑った。

「しばらくは学校に来るのだけでも大変だろうからみんな色々と気を使ってあげるように」

「はいっ!」

不謹慎なくらい明るい返事が教室に響いた。



「ムーニィちゃんっ!」

「……誰……ですか……?」

ぼんやりとした頭は病室に訪れた客人の顔を見ても誰かを判別することが出来なかった。

「忘れちゃったの?あなたの友だちよ?」

「友……だち……」

「そうっ!ムーニィちゃんったら、そそっかしいから転んじゃったんだよね?」

「転ん……だ……?」

「うんうん!そうそう!」

記憶が混濁している。転んだ……そう言われると……いや、でも……そもそもこの人たちがわからない……。でもそうって言ってるなら……きっと……。

「そう……でした……」

「はやく良くなるといいね!」

「……はい……」

「じゃあね!」

そう言ってその子はそそくさと立ち去ろうとした。

「……ちょっと……待ってください……」

「……なに?」

「……ありがとう……ござ……います……」

「……うんっ!」

その子は満面の笑みで病室を出ていった。

友だち……なんだか頭が痛くなる……今はただ、寝よう……。



数日が経ち、私は学校に復帰することになった。正直少し怖い……。ほとんど何も憶えていないのだ……。通学路も覚えなおさないといけないしクラスの子もわからない……。不安ながらもなんとか学校に行き教室に向かう。

「おはよう……ございます……」

恐る恐る教室の扉を開けると……。

「あ……おはようムーニィちゃん!」

みんな挨拶を返してくれた。

「良くなってよかったねぇ」

「ね、わたしのこと憶えてる?」

周囲に女生徒が群がってくる。しかしその誰についても私は思い出せなかった……。

「……ごめんなさい……私……あんまり……わかんなくて……」

「おー、ほんとなんだ」

「……今度は気をつけようね……」

「……え?」

「ううん、なんでもない」

クラスのみんなは優しくていい子ばかりだ。



それから私は何事もなくみんなに馴染めた気がする。身体を動かすと頭痛がするので教室で本ばかり読んでいる。本を読むのは楽しい。でも夢中になって寝る前にも読んでいるせいか最近目が悪くなってしまって、新しくメガネを買った。

「ムーニィ、メガネかけたの?」

「そうなんです。本ばかり読んでいたら目が悪くなってしまって……」

「本読んでるとことか、そのメガネとか……ふふ……ムーニィってなんだか……」

「しっ!」

「へ?」

「あぁ、なんでもない。真面目だなぁって思っただけ」

「えへへ、ありがとうございますぅ」

私はごきげんになって席に着いた。

「……あいつ、セレンそっくりになったな」

「でも都合よく色々抜け落ちてて助かったよ」

「まぁほんとに色々と抜けちゃったみたいだけどね」

「ちょうどいいんじゃない?あれじゃあ深く考えることもできないでしょ」

「違いないね。あはは」



それからの私は、ただひとり静かに過ごした。みんなは優しく接してくれるけれど、何故かいつも心が怯えてしまってうまく話せない。そうすると周りも楽しそうに話を続けてはくれない。周りの優しさを疑ってしまう。私はそんな自分が嫌いだ。うまく考えられなくなってしまったからこそ、みんなに迷惑をかけないようにしなくちゃ!

「こんな私でも……変われるのかな……?」

もうすぐ卒業だ。

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