昔からもう少しお淑やかになりなさいとばかり言われた。
私はいつも野原を駆け回って、そこで出会った知らない人とも仲良くなれた。
大人たちの言うような静かで大人しい子になるのなんてどうしたらいいかもわからなかった。だってどうしても感情が抑えられないんだもの。
おしゃべりするのは楽しくて、身体を動かすのは気持ちよくて、誰とも話さずに本を読むのなんて想像もつかない。
休み時間の度に校庭に飛び出しては他のみんなと遊んでばかりいた。
「おーい!」
「なにー?」
「今日も一緒に遊ぼ!」
「うんっ!」
クラスのみんなはいつも私に声をかけてくれる。ボール遊びをする時も、かくれんぼをする時も、私はいつだって輪の中にいた。
「またねー!」
手を振る影が夕焼けに染まっていた。こうしてまた今日も終わっていく。
私は遊び疲れては眠りにつく。そしてまた朝が来て、そんな日々がいつまでも続く。
そう、思っていた。
「今日からこのクラスに通うことになる転校生がいます」
「転校生!?」
「どんな子だろう!気になる!」
「かわいい子かな?」
「かっこいい子がいい!」
「はい、騒がない。じゃ入って」
みんなが目を輝かせて待つ中教室に入ってきたのは、メガネをかけた地味な女の子だった。
「こ……こんにちは……」
蚊の鳴くような小さな声で挨拶したかと思うと首を少しだけぺこりと曲げる。教室は先程までの盛り上がりとは対象的に静まり返っていた。
「セレン……ミファイル……です」
「は、はい。それではそこの席に座って」
「あ……よろしく」
「……はい」
見た目通りの大人しい女の子で、その後も何人かは会話しに行ったようだったが長く続いた子はいなかったようだ。
物珍しい転校生という立場でいながら数日後には既に誰からも忘れられながら本を読んでいるようになった。
私も例外ではなくいまだにセレンちゃんとは話したことすらなかった。
「あの……今、いいですか?」
そんな1度も話したことのなかった私たちだったが、ある日セレンちゃんが話しかけてきた。
「どうしたの?」
「そ……その……あの……えっと……」
今にも泣きそうなくらいにか細い声を出しながら上目遣いで私を見る。
「えぇと……何かな?」
「……あの……係のお仕事……一緒なんです……」
「あ……忘れてた」
「あっ……そのっ……嫌なら……いいんです……私一人で……できますから……」
「いやいや!そんなことない!私もやる!」
「あ……ほんとうですか?ありがとうございます」
セレンちゃんはほっとしたように目尻を下げた。
「ね、セレンちゃんってどうしてみんなと遊ばないの?」
「私……身体が弱いんです……」
「別に弱くても大丈夫だよ!みててもいいし!」
「それに……名前もわかんないし……」
「遊んでれば覚えるよ!」
「あなたって……やっぱりすごいんですね……」
「何が?」
「私、あなたを見てると羨ましいんです……。何でもはっきり言えて……行動力もあって……」
「んー、なんていうか……あんまり考えてないからかも」
「そう……なんですね。私は、考えてばかりです……。あの人は表ではこう言ってるけど、ほんとは私とは遊びたくないんだろうなとか……優しくしているけどほんとはウザいと思っているんだろうなとか……」
「考えすぎじゃない?」
「……私の自己紹介の時、私が入ってくるまでは教室は明るかったじゃないですか。……私を見た途端に……色が変わった」
「そんなこと……」
「……別にいいんです。私、自分に自信なんてないですから……」
そう言ってセレンちゃんは俯く。
「そんなことないよ!セレンちゃんは良い子だよ!だってみんなそんなふうにまわりのこと考えてないもん!」
「ありがとうございます……でも……いや、とりあえず、係の仕事にいきましょうか」
「あ、うん……」
それから私はセレンちゃんに興味を持つようになった。どこか自分にないものを持っている。そんな彼女から何かを感じたのだった。
「セレンちゃん!一緒に遊ばない?」
「……前にも言いましたが……私は外で遊べるほど身体が強くなくて……それにその……」
「ん?」
「おともだちのみなさんは……どう思うんでしょうね……?」
「そんなの、大丈夫に決まってるじゃん」
「いえ……そんなこと……」
そう言いながらセレンちゃんは震えていた。振り返ると数人のともだちが私たちのことを見ていた。
「あ、みんな」
「……何してるの?」
「え?セレンちゃんも仲間にどうかなーって」
「身体が弱いんだって」
「そうそう」
「かわいそうだからそっとしといてあげようよ」みんな口々にそう言う。
「んー、そうは言ってもなぁ」
「そうだよ。無理に連れ出す方が悪いじゃん」
「そうだよね?セレンちゃん?」
「あ……は……はい……」
セレンちゃんは目を泳がせながらそう答える。
「ほら!だからほっとこ!」
「うーん……わかった!」
「あ……」
「じゃあ私はセレンちゃんと一緒にいるね!」
「……ふぅん……わかった。じゃあ私たちは外に行ってくるね」
「またねー!」
「……」
みんなはそのまま外に行った。
「あの……大丈夫……ですか?」
「ん?何が?」
「……みなさん……怒ってますよ」
「怒ってる?なんで?」
「私なんかのためにあなたが教室に残っているからです……」
「私はセレンちゃんと遊びたいんだもん。だからいいでしょ?」
「……そういうの、自分勝手だと思われちゃうんです……」
「え?」
「わ……私は……嬉しいですよ。……でも、やっぱり周りが気になる……。この後何を言われるんだろうとか……どういう風に思われるんだろうか……とか……そんなことを思うと……私……素直に喜べない……。きっと遊んでいる最中も……そのことばかり考えて胸が痛くなる……」
そう言いながらセレンちゃんはどんどん息が荒くなってくる。
「だっ大丈夫!?」
「はぁっ……はぁっ……ふぅ……すみません……。私……こんなことばかりで……」
「ううん……こっちこそごめん……」
「でもあなたも……さっきみたいなことを繰り返すと……良くないことになるかもしれません。それだけは覚えておいてください……」
「わ……わかった」
「……すみません。ちょっと今は、1人にしてください」
「うん……」
私はセレンちゃんと別れて外に行ったみんなの方に向かった。
「あれ?あの子のところにいるんじゃなかったの?」
「うーんとね、なんか体調悪くなっちゃったみたい」
「ふぅん。ほんとに身体が弱いんだね」
「かわいそうだよね」
「んーでも……なんか嘘っぽくない?」
「え?」
「だってさ、いくらなんでもこんなに外に出てこないのって変じゃん」
「屋内にいても体調悪くなるなんてさらにおかしいよね」
「ちょ……ちょっとみんな……」
「なんかそう考えると嘘っぽい気がしてきた。ねぇ、あの子無視しない?今だってあの子から距離置いてる感じだし問題ないっしょ?」
「お、確かに。空気らしく振舞ってるからもう空気ってことでいいよね」
やけに楽しそうに残酷なことを話す空気に嫌なものを感じた私は声を上げる。
「何言ってんの!?みんなの方がおかしいよ!」
「……何?あんたあの子の肩持つんだ。……さっきもあの子のこと優先してた」
ジロリとその子の目線が私に向けられる。
「そんな……そんなこと……」
「せっかく仲間に入れてあげてたのに。あの子と一緒の方が楽しいんだ」
「だから……それは……」
「仲良くしてればいいじゃない。ね、みんな」
周りからは感じたことのないような冷たい視線が突き刺さる。
「そんなことないよね……?みんな……ともだち……だよね?」
その問いに答えるものは誰一人おらず、私はただ1人グラウンドに取り残された。
何度声をかけても、誰も振り返らなかった。