「優乃、いいかな?」
「何?」
最初の劇から数日。ムーちゃんが加入してからはまだ誰も新入部員が部室に訪れることはなかった。
「まだ私たち4人でしょ?あと数人集めないとならないのよね」
「そうね……。ムーちゃんが来てくれたのはいいけど逆に言えばムーちゃんみたいにすぐに来てくれる子しかもう来ないんじゃないかしら?」
「うっ……確かにそうかも。じゃあ今回の劇ではもう人は来ない?」
「……まあ、そうとも言い切れないわね」
「あ、気を使ってくれた?」
「言ってなさい」
「まあでも今はできる限りをやるしかないよね」
「やあ2人とも」
シィドくんが部室に入ってきた。
「あ、シィドくん」
「今日も授業お疲れ様。ね、あの公式解けた?」
「うげぇ……部室に来てまで勉強の話はよしてよぉ……」
「あら、わからないの?教えてあげましょうか」
「深堀りしないで……」
「み……みみ、みなさん……お疲れ様です……」
今度はムーちゃんがひょっこりと部室に入ってきた。
「あ、ムーちゃん。おつかれ」
「そういえばムーちゃんって、勉強できる方?」
「べん……きょう?」
「うん」
「見ればわかるじゃない。ムーちゃんはメガネしてるのよ?そりゃあ勉強できるって!」
「そ……そんなこと……」
「やっぱりできるんだねぇ」
「うんうん!なんか賢そうだもん!」
「き……きき……決めつけないでくださいぃ!」
ムーちゃんは目をぎゅっと瞑りながら突然大きな声を出した。
「わっ!ご……ごめん」
「む……ムーちゃんは……頭が良くないです……。だから……考えることも……に……苦手で……それで……」
ムーちゃんは拳を握りしめ震えていた。
「もういいもういい!ごめんって!」
「ムーちゃんも勉強苦手なのね」
「優乃さま……勉強ができないムーちゃんは、ダメな子です……」
瞳をうるうるとさせながらムーちゃんは優乃を見つめた。
「そんなことないわ……。勉強のできるできないがそんなに人を分けるとは思わないもの」
「はわわ~っ!」
「それに、そんなに自信が無いなら……私が教えてあげるから。いつでもききなさい……」
「優乃さま~っ!」
ムーちゃんは優乃に飛びついた。
「ムーちゃん、私も教えるからね!」
「教えられるんですかぁ……?」
「うぐっ!」
ムーちゃんは優乃の袖に引っ付きながらじっとりとした目線で私を見据えた。
「ま、まあまあ。勉強の話はそれくらいにしておこうか」
「シィドくんが言い出しっぺのくせにー!!」
「お……怒らないでよ。悪かったから」
でも私まで取り乱したら話が進まない。ここは落ち着いて……。
「気を取り直して始めようか!」
「うん!そうだね!」
「あ……あのぅ……」
早速ムーちゃんが小さく手を挙げながら声を上げる。
「ん?」
「この間の魔法……のしかけ?きいてみたいなぁ~って……思いまして……」
「あぁ、そうだね。次のアイディアにも繋がりそうだし」
「やったやった!ムーちゃんにも魔法が使える!」
ムーちゃんはその場で弾むように喜んだ。
「でも……再現難しいかもね」
「そうなんですか?」
「大体緑子が作ってるの。緑子に頼まないとね」
「緑子さんに……頼まないとならないんですかぁ……」
さっきまで喜んでいたはずの彼女は途端に肩を落とした。
「あれっ!ムーちゃんもしかして私の事嫌い!?」
「そ……そんなことぉ……」
その目は激しく泳いでいた……。
「と……とにかく!説明するよっ!」
「お願いしますぅ!」
「はい、じゃあこれ」
「あ、優乃さまの両手杖ですね!」
「と、これ」
「これは……砂?ですか?」
「火薬みたいなもの。これにあるものを振りかけると緑色の火柱が上がるの!」
「でもでも……優乃さまは振りかけていたような感じはしなかったですけど?」
「ふふふ……そこでこの両手杖の出番ですよ!この杖の先端!はいこれ!よーくみて!」
「むむむ……はっ!これは!」
「そう!ふりかけみたいなシリンダーになってるんです!」
「じゃあこれを降ると……あっ!粉が出てきた!」
「そうそう……それでね……っておわぁあ!ここで振りかけたら……!」
ぼわっ!と大きな緑色の火柱が上がった!
「うはぁあい!ムーちゃん、魔法使いです~!」
ムーちゃんは杖を振り回しながら妖しげに笑っていた。
「な……なんて危険なコ……」
「すごいじゃない、ムーちゃん……」
優乃はムーちゃんの肩を軽く叩きながら褒める。
「はわ~!嬉しいです~!」
「優乃も褒めるのやめて……」
「でもこれすごいでしょ……?緑子がすぐに作っちゃったのよ……」
「そう言われると……そうですねぇ」
「でしょでしょ!」
「ムーちゃん……できることありますかねぇ……」
「うーん……何か得意なことってある?」
「得意なこと……ですかぁ……ムーちゃん……なにやらせてもドジだって言われて……得意なことなんて……」
話していくうちにどんどん表情が曇っていった。
「じゃあムーちゃん……趣味はあるかしら?」
その様子を見かねてか優乃は彼女に質問した。
「趣味……でいいんですか?」
「ええ。あなたの好きなことを教えて」
「ムーちゃん……絵を描くのが好きなんです……なんかごめんなさい」
「なんで謝るのよ。……それがあなたの特技ってことよ」
「とっ特技なんて……そんな……恐れ多い……」
「でも好きってことは、それだけ時間をかけて打ち込んでいることでしょう?」
「そ……そうですね!」
「しかも、よ。あなたのその得意な絵があれば、私たちの劇もより良くなるわ」
「えっ!そうなんですか!?」
「ムーちゃんは大道具を作るのに向いているわ。緑子の造形と組み合わせれば最強よ」
「は、はわわ~っ!」
「よろしくね!ムーちゃん!」
「こちらこそです!」
ムーちゃんは今度は私の方をしっかり見て手を握ってきた!
「よかった、2人ともこれで仲良くなれそうだね」
「な……仲悪くないよっ」
「そ……そうですぅ!」
ムーちゃんの目は激しく泳いでいた……。
それからの数日、私はムーちゃんとの連携を高めるために小道具や大道具についての意見をかわしたり技術の交換をしたりしていた。
「ムーちゃんすごいね!設計図の段階から絵が綺麗で、わかりやすい説明も入ってるし何よりデザインのセンスがいい!魔法使いをわかってるねぇ!」
「緑子さんも……ちょっと見直しました。ムーちゃんに……もっと色々教えて欲しい……です」
「もちろんだって!ふふっ!うれしいな!」
「あら……また新しい物かしら?」
部室に入ってきた優乃が興味ありげにこちらに近づいてきた。
「ゆ……優乃さまっ!」
「そのさま……ってのと敬語は……何とかならないかしら?」
「す……すみません……気にさわりましたか?」
「いや……でも同級生だから、少し気になっただけ」
「ムーちゃん……自分が嫌いなんです。だから、相手と自分を対等に見ることが出来なくて……。優乃さまについては、優乃さまを見た時の衝撃が強かったから……さまって言ってしまいます」
しゅんとしながら話す彼女はなんだかとても申し訳なさそうだった。
「……まぁ、あなたにそういう事情があるなら何も言わないわ。でも……あなたは決して下なんかではないわ。それはわかっていて」
「はわわ~っ!」
「ちょ……ちょっと優乃……なんかずるい……!」
「あら?何がかしら?」
「私の時はそんなふうに言ってくれないのにー!」
「……あなたのおかげ、でもあるのだけれどね」
「え?」
「……さ、もう自主練に戻るわ。頑張ってね、2人とも」
そう言うと優乃は私たちの許を離れた。
「あ、優乃……」
「ありがとうございます!ありがとうございますっ!」
それを見送りながらムーちゃんは何度も頭を下げていた。
「ムーちゃん!頑張ろうね!」
「お願いしますぅ!」
そしてその後も私たちはお互いに色々と教えあった。
そんなある日のことだった。
「あのぉ……緑子さん……」
「どうしたの?」
「ムーちゃん、試してみたいことがありまして……」
ムーちゃんがもじもじとしながら私に話しかけてきた。
「なになに!?」
「ムーちゃんは……いつもこんな感じでうまく……話せなくて……そ、それが……どうしても嫌いだったんです……」
「ううん、それはムーちゃんの個性でもあるからさ」
「そう言ってもらえることも、嬉しいんですけれど……そう言ってもらえない子もまだまだいると思うんです……。ムーちゃんみたいな子が、まだいるんです」
「つまり……?」
「ムーちゃんはっ!そんな子たちにもわかってもらいたいっ!」
ムーちゃんは急にものすごい大きな声で叫んだ。
「うおっ!み、耳が……」
「はっ!す……すみません……つい興奮して……。と、とにかく……ムーちゃんはそんな子たちのためにも試してみたいことがあるのです……」
「それは?」
「魔法をかけるんですっ!みんなが笑顔になって!勇気をもらえるような魔法をっ!」
「うぅっ!そうだねっ!それはとてもいい考えだよっ!」
私はムーちゃんに負けないくらいに叫び返した。
「ちょっと……緑子さん……うるさいですぅ……」
ムーちゃんは怪訝そうな顔をした。
「……ごめん」
「それでですね……ムーちゃんはこんなプランを考えてみたのです」
ムーちゃんは私に何枚かのメモ書きを渡してきた。
「これ……ムーちゃんが考えたの?」
「と……とりあえず……です。内容はシィドくんにもうちょっと……考えてもらいたいですし……装置も緑子さんの力を借りたいです……。もちろん優乃さまに演じてもらいたいです……!」
「うんうん!まさしくみんなの力を合わせて!だね!」
「はい!だから……ムーちゃんみたいなのでもこんなことができた……ってことだけでも、知ってもらいたいんです」
「よぉし!絶対成功させようね!」
「ありがとうございます!」
こうしてムーちゃんが企画した「笑顔の魔法」プロジェクトが始動したのであった。