相変わらず周囲は優乃ちゃんのことを思い出す様子もない。しかし今日は先生がホームルームで驚くことを言い出した。
「みんな、聞いてください。先日ローザさんの家を襲いグラジオ卿を狙った者たちの正体が判明しました」
「えっ……!」
「網井家の紫雷という人物です。なお、剪定も同時になされ、網井詩織および網井優乃には無実の判定がなされました。ですから……みんなもしこの者たちを見つけても……罪を問うようなことはしてはいけませんよ?」
先生はそうは言っているがどうにも冷たい顔をしていた。それを聴くみんなもだ。周りから口々に、許せない、どこのどいつだ……といった声が聞こえてくる。そう……剪定の対象になった人間は宗教上は無罪になるだけ……。こうして周りの人間は優乃ちゃんを罪のある存在として蔑む。むしろ先生はそれを煽っているようにさえ感じた。
「待ってください!優乃ちゃんは私の友達なんです!悪い子じゃないんです!」
「またあなたですか……父を殺した仇にそんなことをよくも言えたものですね。みなさん、ローザさんはその子に唆されているのです。かわいそうですねぇ……」
「ほんとだね……」
「かわいそう……」
だめだ……この子たちに何を言っても全く聞く耳をもたない……。
「……とにかく、優乃ちゃんには罪はありません……それだけはわかってください」
教室のざわめきは止まなかった。周囲から聞こえる言葉からそれを理解した様子は微塵も感じられなかった。
そして瞬く間に背信者として彼らの名は広がった。優乃ちゃんは今は遠い街にいるというのに私の学校にまで先生がわざわざ言うのだから大樹信仰全域に伝わっているのだろう。遠回しに剪定者を追い詰める……そんなやり方に違いない……。
「優乃ちゃん……大丈夫かしら……。きっと色んなところで指を指されているに違いないですわ……」
ギリアムさんが会わせてくれるというから待っているけれど……やはり心配だ。早く行かなければ優乃ちゃんは立ち直れなくなってしまうかもしれない……。私は早く会えるようにギリアムさんに頼んでみることにした。
「ギリアムさん、優乃ちゃんの件なのですが……」
「会いたいという話ですね」
「できればすぐに会いたいのですが……」
「……わかりました。しかしひとつ訊いておくことがあるのです」
「なんですの?」
「あなた様を疑うわけではございませんが……優乃様とは本当に面識があるのですか?」
「あります!親友ですわ!」
「お嬢様がそういうのならば私も疑うことはいたしません。……それでは行きましょうか」
「はい」
ギリアムさんは私の記憶違いを未だに疑っているのかもしれない。……あの日々が嘘だったなんて言わせない。
「さあ、つきました」
そこは街を3つほど越えた先にある家だった。あの暖かみのある家とは少し違ったけれど、やはり木造の謙虚かつ豪奢さの隠された特徴的な家だった。
「あれは……!」
その家から出てきたのは優乃ちゃんだった!
「優乃ちゃんッ!」
私は優乃ちゃんの方へ走り飛びついた。
「うわっ……!」
「優乃ちゃん!私ですわ!ローザです!みんなあなたのこと忘れちゃって!私本当に心細くて……やっと会えました……良かった……本当に……」
「………」
「優乃ちゃん……どうしていなくなっちゃったんですの?私、あの約束の意味もよくわからなくて……」
「あの……あんた……誰?」
「……え?」
全く予想もしていない言葉が返ってきた。目の前にいるのは確かに優乃ちゃんなのに、その視線からは嫌悪が伝わってくる。
「あんたも……私をバカにしに来たの……?」
「な……何を言ってるんですの……?私です!ローザです!」
「だから知らないッ!」
「優乃ちゃん……」
「あぁ……頭が痛い……なんなのほんと……私の記憶が曖昧だからって……みんなそうやって友人を偽っては嫌がらせをしてくる……!もう嫌だ……」
優乃ちゃんは頭を抱えて苦しそうにうずくまる。
「違います!私は本当に優乃ちゃんの親友なんですっ!」
「……はいはい。……みんなそう言ってた。それで私が喜んだらバカにして逃げるんでしょ?はは……もうわかってる……」
虚ろな目でそういう親友は、心身ともに疲れ切っているようだった。
「話をきかせてくれませんか?記憶が曖昧って……」
「……わかんないのよ。気づいたら大事なことがすっかり思い出せなくなってて……」
「それって……」
「みんなは私を裏切り者の魔女だという……私は何をしたのかも憶えてない……」
「じゃあ優乃ちゃんは……私を忘れてしまったということなのね……」
「もうそういうのいいから……」
「いえ!よくありません!いいですか優乃ちゃん!あなたは私ととても仲良しのお友達だったのです!それが記憶を失って全て忘れてしまったのです!」
「……はぁ」
「今は思い出せなくてもいいですわ!私が必ずあなたの記憶を元に戻します!絶対に!私の周りの人間は、あなたでさえ、あなたのことをすべて忘れてしまった……それでも!私だけはあなたのことを忘れていない。これまでのことも……これからも……私は全部のあなたを憶えてるから……ッ!だから絶対に思い出させてあげますわ!」
「なんだかよくわかんないけど……わかったわ。……勝手にやるといいわね」
そう言うと優乃ちゃんは家の中に入ってしまった。……自分でも変なことを言ってるとは思っている。記憶を元に戻す方法だってわからないし本当に私が優乃ちゃんが友達だったと思い込まされているだけかもしれない。それでも優乃ちゃんはここにいた。やっと見つけたんだ。もう絶対にこの子を忘れたりなんてしない。私は優乃ちゃんを守るんだから。