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寺生まれのTさん・その2

「なぜ僕たちについてきているんだい?」


拓也は言った。


「行き場がないから……。自分の心に従えって言われたから……」


瑠璃はぶつぶつと言った。


「まぁいいさ。ただ、危なくないように後ろに控えていてくれ」


寺生まれの男と拓也は海岸沿いを歩いていた。すぐ側まで崖がせまり、そこからは砂浜が拡がっている。


「こんな所に……なんの用なんですか?」

「簡単に言えば……妖怪退治、かな」


拓也は立ち止まった。


「妖怪……。それって、隼颯とか都子がよく言っている……」

「オカルト研究部だったっけ?」


瑠璃は頷いた。


「じゃあそういうのに近いのかも」


周囲に生暖かい風が吹いてきた。


「来るぞ……!」


寺生まれの男は言った。


「拓也は瑠璃を守るんだ!」


砂浜に現れたのはぼろぼろの鎧を身にまとった落ち武者のような集団だった。数えると7人ほどいた。


「やはり七人ミサキか……」


拓也は言った。


「七人ミサキ……?」


拓也は頷く。


「七人ひと組で行動する幽霊の一種だ。ひとりの人間を殺すごとにひとりずつ成仏していく……。だから、積極的に自らとは関係のない他者を殺そうとする危険な幽霊なんだ」


寺生まれの男が砂浜を駆け出して、七人ミサキの方へ向かっていった。先頭のミサキが錆び付いた刀を抜いた。


「土トナレ……。我ガ成仏スルタメニ……」


七人ミサキは刀を振り上げる。


「フン、遅いな」


寺生まれの男は両手で印を結んでから叫んだ。


「破ァっ!」


青い波動が放たれ、七人ミサキはその波動に巻き込まれる。気がつくとミサキたちの姿は消えていた。


「終わった……んですか?」


瑠璃は言った。


「表面上はね」

「表面上は……?」

「怪異が現れる条件は実はとても複雑な要素が絡まって成立しているんだ。だから次にまた同じような事件が起こらないように、僕たちはこの土地の歴史や、怪異が現れた原因を分析しなくちゃいけない。それが『Tの一族』として他人とは違う力を持って産まれてしまった僕たちのやるべきことなんだ」

「今見えているものだけが大事じゃないってことだな」


寺生まれの男は戻ってきながら言った。


 *


隼颯は妹の中学校の校門前に来ていたが、やはり妹の姿はなかった。


「あいつの好きじゃない場所っていうと……学校だろうが、やっぱり来ちゃいないか」


隼颯は呟いた。


「だから根本的に間違っているんですよ」


いつの間にかついてきていたアケミが後ろから言う。


「じゃあ何が正しいっていうんだよ」


隼颯は少しイライラした口調で言った。


「それは私にもわかりません。私は隼颯くんのような『人間』ではありませんから。でも、もっと表面ではわからないような何かを、本質的なものを手がかりにした方がいいような気がします。私が隼颯くんを『好き』になって、きっとその『好き』だという気持ちも表面的なものではないと……思い始めましたから」


 *


「妙だな……」


と寺生まれの男は呟いた。


「どうかしましたか? 父上」


海岸の洞穴の入口付近から拓也は尋ねる。


「そういえば……瑠璃はどこへ行った?」


寺生まれの男は洞穴の地面にかがみ込み、何かを調べながら言う。


「彼女なら去りましたよ。僕が『今見えているものが大事じゃない』なんて言ったら、何かを思い出したような感じで……」

「そうか、となるとまずいことになったかもしれないな……」

「何がですか?」


拓也は父のもとに歩み寄る。


「見ろ、かつて七人ミサキを封印していた術者が築いた7つの地蔵だ。ご覧の通り全て破壊されている。しかし我々がミサキたちを強制的に成仏させたがため、邪気のようなものは感じられなくなっている」

「それは……いいことなのではないですか?」

「ひとつを除いて……な」

「ひとつを除いて?」

「あぁ、たったひとつだけまだ邪気の消えていない地蔵がある。つまり……七人ミサキのうちひとりだけはどこかへ逃げ延びたというわけだ」

「逃げ……」

「そして七人ミサキは己の本能的な欲求に従って自らが殺めるべき魂を探し求める。奴は我々の危険性は十分に承知したことだろう。となると、この近くにいて、かつ、怪異への対抗能力を身につけていない者は……」

「瑠璃……!」


拓也は慌てて洞穴の外へと飛び出した。


 *


夜、隼颯は家に戻っていた。そして妹の置き手紙を何度も読み返す。


「やっぱりわからないっての」


隼颯は言った。


「何が『表面的なものじゃないこと』だよ。僕は瑠璃の気持ちを裏切って傷つけてしまった。それだけだろ?」


その時、インターフォンが鳴った。

玄関へ出ていってみると、そこには都子が立っていた。


「まだ妹を探してますの?」


都子はため息混じりに言った。


「そうだ。でもお前が言うようにこれは僕の問題だろ?」

「その通りですわ。そのくせ一向に進展がないみたいだから喝を入れにきてやりましたのよ」

「余計なお世話だっての」

「で、次は何をしようとしていまして?」

「何も。もう打てる手は全部打ったって感じだ」

「じゃあ、わざわざ忠告する必要もなかったってことですわね」

「なんだよ。何が言いたいのかはっきりしないな」

「私から言わせればあなただって何がしたいのかはっきりしていませんわよ」

「いや、僕は妹を連れ戻したくて……」

「本当にそう思っているのなら、行動する前によく考えてみることですわね」


都子はそう言うと挨拶もせずに踵を返し、夜の闇へと消えていった。


「行動する前によく考えろって言われてもなぁ……」


隼颯は家の扉を閉じた。そして右手に持っていた妹の置き手紙を見る。


「どう考えてもこれは僕が妹に嫌われたってことだろ? あいつの居場所を脅かした僕が……」


そこまで言いかけて隼颯は妹の部屋に戻った。


「すまない、少し荒らさせてもらう」


妹の机の引き出しを漁る。いつか撮った家族写真が何枚か出てきた。まだ妹が引きこもりになる前、家族で遊園地や動物園に行っていた頃の写真だ。


「瑠璃……お前……」


隼颯は呟いた。


部屋の入口から声が聞こえた。


「何、お兄ちゃん、家探し? 荒らし?」


振り返ると、妹が疲れきった表情で立っていた。


「瑠璃……」

「悔しいけど私の居場所はこの家じゃないってわかったから。私が学校で虐められても寄り添ってくれたお兄ちゃんこそが私の居場所だって……」

「すまない」


隼颯は謝った。


「僕はそれになかなか気づいてあげられなくって……」

「いいよ、お兄ちゃんはどんくさいから」

「ところで……瑠璃。お前……『何』を連れてきたんだ?」


隼颯は瑠璃の背後に目を向けた。

そこにはぼろぼろの甲冑を身にまとった落ち武者姿の幽霊が立っていた。

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