「馬鹿……」
彼女は近くに落ちていた小石を拾って川面に投げる。水切りは失敗した。
瑠璃はため息を着く。
「7連チャンも、できないじゃん……」
瑠璃にとって、あの家は聖域だった。安心できる唯一の場所だった。それなのに、そんな聖域を脅かす者が現れた。しかも身内の中に。
瑠璃はため息をついた。勢いで家を出てきたものの、行き場がない。
*
「家出……ですの?」
オカルト研究部部室で「月刊アトランティス」を読んでいた
「あぁ、どうも昨日のキューピットさん戦が悪かったらしい。もともと、家に面倒事を持ち込むなと瑠璃には言われていたんだけど……」
「じゃあ、自分でどうにかするべきではなくって?」
都子は冷たく言った。
「だってキューピットさんに気に入られたのは
「でも、あの儀式を最初に始めようって言い出したのは都子だろ」
隼颯はイラつきながら言った。
「しかしキューピットさんから解放されて、立て続く怪異ラッシュから解放されたと思ったら新たなる問題が発生ですか」
「まったくだ。だから僕は今日の部活は休もうと思う。僕に何ができるかはわからないけど、でも、妹を連れ戻してやれればと……」
「無理ですわね」
都子は言う。
「だいたいあなたと縁を切るといって家出したんでしょう? あなたが探し出すのは逆効果ではなくって?」
「知るかよ、僕は行く」
隼颯は出ていった。
「何を拗ねているんですか」
迅のノートパソコンは言った。
「
「うるさいですわね」
都子は「月刊アトランティス」を閉じた。
*
隼颯は自転車をこいでいた。河川敷を走り抜けていく。瑠璃がいきそうな場所を考えたのだが、思いつく場所はなかった。そんな時、隼颯の背後からアケミが声をかけてきた。
「隼颯くん!」
隼颯は振り返った。アケミは自転車と並走している。
「アケミか。どうした?」
「隼颯くんこそ! 私が調べた隼颯くんの行動パターンですと、今はまだ部活の時間のはずですよ」
「瑠璃が家出しただろ。だから探そうとしているんだ」
「アテはあるんですか?」
「ない」
「じゃあいくら自転車を走らせても無駄ではないですか?」
隼颯は自転車の急ブレーキをかけた。自転車は前につんのめり、河川敷を転がっていく。
「隼颯くん!?」
「すまない、アケミが至極もっともなことを言ったから驚いて……」
隼颯は草むらの中から自転車を押して立ち上がる。
「でも、走らずにはいられなかったんだ。何もできることがないのに、何もしないなんてことができなくって」
「妹さん、好きなんですか?」
アケミは隼颯から自転車を受け取りながら言った。
「あぁ、嫉妬したか?」
「いいえ、ずっと隼颯くんの家を監視していてわかりました。『好き』にも色々あるって。だから私が隼颯くんのことを『好き』なのと隼颯くんが妹さんを『好き』なのは違う『好き』なんだってことが今ならわかります」
「僕はあいつを守ってやりたいんだ。そういう意味では、アケミと同じなのかもな。放っておけないんだよ、瑠璃を」
「どうして……ですか?」
「アケミ、あいつが学校に行っているのを見たことあるか?」
隼颯は訊いた。
アケミは首を横に振った。
「あいつ、不登校なんだ。中学生って難しいお年頃だろ? あいつはいつも男の子みたいな趣味で……特撮一本で……。だからいじめられちまったんだ。そのせいで学校に行かなくなって……」
「それで、あの家が妹さんにとっての唯一の居場所になってしまったのですね。なのに、私たちがそんな妹さんの気持ちを無視して……」
「深く考えてなかったんだ、僕は。心のどこかで大丈夫だろうと思っていた。だから気がついてやれなかった」
「探しましょう」
アケミは言った。
「私も手伝います。隼颯くんの幸せは私の幸せですから」
*
夜になった。雨が降ってきた。瑠璃は雨を凌ぐために大きな寺の楼門下に入り、しゃがみ込んだ。
傘が差し出された。隼颯と同い歳くらいの少年が立っていた。
「君は……一宮隼颯の妹だね」
「私のことを……知っているんですか?」
瑠璃は言った。
「あぁ、僕は
それから拓也は考えた。隼颯の周囲の怪異を集めるエネルギーのバランスが正常に戻り、彼とは縁が切れたものだと思っていたが、まさかこんな形で関わることになるとは。
「私、行き場所がないんです。家はもう安全じゃありません。でも、外の世界はよくわからないんです」
「だったらこれから知っていけばいいさ」
拓也は言った。
「どんなものだって初めは『知らないもの』だ。違うかい?」
それから瑠璃に立ち上がるように促した。
「寺に行こう。父上もいる。きっと今夜あたりは泊めてくれるはずだ」
「わかりました……」
瑠璃は拓也に従った。
*
「結局、見つかりませんでしたね」
隼颯の家のベランダから、雨が降る外の景色を見つめ、アケミは言った。
「雨宿り……してるかな」
「それくらいはできてると思いますけど……」
それからアケミは言った。
「本当に心当たり、ないんですか?」
「あぁ、ここ1、2年、あいつが外に出ているのは見たことがないから……」
結局、その日、瑠璃が帰ってくることはなかった。次の日、登校すると、隼颯は都子と廊下でばったり出くわした。
「都子」
隼颯は言った。
「今日も部活は休みますの?」
「あぁ、悪いがな」
「てことはまだ妹は見つかっていないのですわね」
「見つかっていない。でも、これは僕の問題なんだろ?」
「そうですわね」
それから都子はすれ違いざまに言った。
「本当に、彼女の行き場所に心当たりはありませんのね」
「ないな」
「馬鹿」
都子は呟いた。
*
拓也たちが暮らす寺で朝食を食べ終わった瑠璃はお膳の上にお茶碗を置き「ごちそうさまでした」と言った。
「いい食べっぷりだな」
と寺生まれの男は感心したように言った。
「この後、どうするんだい?」
拓也が尋ねる。
「わかりません。私にはもう行く場所が……」
「じゃあ、君の心に従うといい。僕たちは何も止めやしないよ」
*
その日も放課後すぐに、隼颯は瑠璃を探した。アケミも手伝ってくれた。瑠璃が好きそうな近所にある特撮のロケ地はひと通り回ってみたし、電気屋のおもちゃ売り場もショッピングモールのカプセルトイ売り場も見た。しかし瑠璃は見つからなかった。
「私は隼颯くんほど妹さんのことを知りません。だから隼颯くんが頼りなんですよ」
「わかってる。だからあいつの好きそうな場所を巡ってるだろう」
「嫌な気持ちで家を抜け出したのに、わざわざ自分の好きな場所に行くのですか?」
「じゃあなんだ? 今度は嫌そうな場所を探せってのか? どこだろう。下水道とか……」
「なんか……根本的にズレてる気がするんですけど……」