「キューピットさんに嫌われる方法ですか」
ノートパソコンの電子音声がそう言った。学校の図書室で迅を見つけた隼颯は彼の検索能力を頼りに、キューピットさんが自分から離れる方法を調べてもらおうと考えた。
「なるほど、それでこの前は『こっくりさん』をおこなったわけですね。似て非なるものであるこっくりさんをやればキューピットさんは離れてくれるかもしれないと」
「雑な作戦、面目ない……」
そこまで見抜かれてしまい、隼颯は少し恥ずかしくなって額を抑えた。
「ですが着眼点は悪くないと思います」
「本当に?」
「本当です。ところで一宮くんはキューピットさんの正体をなんだと考えていますか?」
「愛に敗れた霊の意識集合体だと……」
あの寺生まれの男はそう言っていた。
「愛ですか。それなら話は早いです」
「そうなのか……?」
「要はキューピットさんに一宮くんが女の子とラブラブしている様を見せつけてやればいいのです」
「いや、でも僕に相手なんて……」
「いるじゃないですか、一宮くんのことが好きで好きでたまらない女の子がひとり」
「あ……」
放課後、隼颯が駅前で待っていると、アケミが手を振りながら駆け寄ってきた。
「隼颯くーん!」
「どこにいても現れるんだな、君は」
「だっていつも見てますから」
盗聴器、隠しカメラは部屋にあるもので全てではなかったのか……?
「でも、どうして部屋に置いてあったカメラと盗聴器を捨てちゃったんですか? あれは全部、隼颯くんを守るために仕掛けておいたのに……」
「必要ないんだ。僕はあの家にいる限り安全無事なのだから」
「そうですか、安全無事……」
アケミは少し考え込むような表情をした。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません。それよりも今日は……」
「デートに行こう」
隼颯は言った。
「で、で、で、デートですか!?」
アケミは目を白黒させた。
「嫌なのか?」
「い、い、い、嫌ではありません! むしろ、やっとその気になってくれたんですね!」
「じゃ、じゃあ行こうか……えーと、アケミはどこに行きたい?」
「どこでもいいですよ? 隼颯くんとなら、地獄へでも!」
「じゃあ、ゲームセンターに行こう」
隼颯とアケミが落ち合った場所から少し離れた場所の電柱から、迅と都子がその様子を観察していた。
「どうして私たちが人間と怪異のデートを見物しなければいけませんの?」
都子は文句をたれた。
「
迅の首に下がったタブレットが電子音声で言った。
「まぁたしかに、現代の異類婚姻譚なんて、滅多に見られる代物ではありませんし……」
都子は額に拳を当てた。
「わかりましたわ。このデート、最後まで見守ってやりますわよ!」
しばらく歩いていると隼颯はふと気がついたことを口にした。
「そういえばアケミはいつもその制服だけど……」
まず、どこの学校の制服なのかよくわからない。
「他に服、持っていないのか?」
「はい、これだけですよ? 私、汗もかかないし老廃物だって生み出さないんで、着替える必要がないんです」
「確かにそうかもしれないけど……」
と隼颯は近くの衣料品店に目を向ける。
「普段着とか……あった方が気分的にも変わるんじゃないかなって。ほらいつも制服だと『休日だぞー』みたいな気持ちになれないんじゃない?」
「洋服ですか……」
アケミは周囲を見回した。
「確かに興味はあったんです。皆さん、色んな服を持っているみたいですし。それに隼颯くんだって……」
隼颯は放課後、家に帰ってから着替えてきたので私服姿だった。深緑色の長袖シャツと、黒いカーゴパンツ、それに首からはヘッドフォンを下げている。
「じゃあ、行ってみようか、僕も……アケミの私服姿を見てみたくもあるし……」
しばらくして、アケミが選んできた服は水色のブラウスに紺色のロングスカートだった。肩掛けの小さな黒い鞄からは中華包丁の柄が飛び出している。
「うん、似合ってるね、鞄の中身は物騒だけど……」
と隼颯はトイレで着替え終えて出てきたアケミに対し、そう言った。
「ふふ、褒めて貰えて嬉しいです!」
アケミは言う。
「さぁさぁさぁ、次はどこに行きますか?」
「次こそゲームセンターだな」
隼颯はアケミと共に衣料品店が入っているビルの4階にあるゲームセンターへと向かった。
「アケミは……ゲーム、やったことあるか?」
アケミは首を横に振った。
「そっか……じゃあ、クレーンゲームをやってみようか。このクレーンを操作して……中のぬいぐるみを取るんだ」
「どうしてクレーンを操作しなくちゃいけないんですか?」
「え?」
「こうした方が楽じゃないですか!」
アケミは鞄の中から中華包丁を取り出すとクレーンゲーム機の前面ガラスに叩きつけた。ガラス片が舞い散った。
「あーっ!」
都子と迅が慌てて飛び出してくるとふたりを物陰へと引き込んだ。
一瞬後、破壊されたクレーンゲーム機の周りにゲームセンターのスタッフと野次馬たちが集まってきた。
「なんだ、何事だ?」
「犯人はまだ近くにいるはずだ。探し出せ!」
「探し出して殺すんだ! 四肢切断をしろ!」
いや、まずは警察を呼ぼうよ……隼颯はやや呆れた気持ちになって言った。
「まったく、アケミちゃんはまず社会常識を学ぶべきですわね」
都子が腰に手を当てながら言った。
「でも、楽しそうでした」
迅のタブレットの電子音声が言う。
「これで、キューピットさんも多少は嫉妬したのではないでしょうか」
「じゃあ、もうこれで僕の周りで怪異は……」
「でもキューピットさんが隼颯くんから離れたことなんて、どうやって確かめればいいんですの?」
「やはり、もう一度キューピットさん占いをすればいいのではないでしょうか」
迅は提案する。
「もう一度……か。じゃあ、一旦家に戻るか? 確か前にキューピットさん占いをした時は都子の家だったよな」
「そうでしたわね。でも、悪いけど今日は使えませんわ。親戚の叔母さんが家に来てますのよ」
「そうですか、じゃあ」
迅の視線が隼颯の方を見た。
「僕の……家かよ」
隼颯はため息混じりに言った。
隼颯、アケミ、都子、迅の4人は隼颯の家にたどり着くと、キューピットさん占いをするための紙を用意した。ひらがな五十音と数字、そして「入口」「出口」と書かれた紙だ。そして十円玉を用意するとそれを「入口」部分に置き、都子は唱えた。
「キューピットさん、キューピットさん、おいでください」