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キューピットさん・その2

教室に、五十音と鳥居のマークが書かれた紙が広げられていた。その紙の上に十円玉を置き、都子は言った。


「でもこっくりさんをおこなうなんて、なかなか面白い企画を持ち込んできましたわね。やっぱり、私のおかげで成長したってことかしら? あなたたちのやる気が」


教室には隼颯、アケミ、都子、そしてじんの姿がある。4人は十円玉に指を乗せた。

キューピットさんと似て非なるものであるこっくりさんをやればキューピットさんは「嫉妬」をして逃げていくだろうというのが隼颯の発想だった。


「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」


都子が言った。

十円玉が少しずつ動き始めた。


「凄い……本当に……!」


隼颯は言った。


「しっ、静かに! 質問を思い浮かべてくださいまし?」

「私と隼颯くんは両想いになれますか?」


アケミがすぐにそんな質問をした。

十円玉は動かなくなった。


「動かない……な」


隼颯は言った。


「そんな! 嘘です! 私の愛が……!」

「アケミちゃん! いけませんわ! 儀式中に十円玉から指を離したら!」


しかし都子の制止を聞かず、アケミは十円玉から指を離すとこっくりさんの紙を破り捨てた。


「こんなもの、インチキです!」


アケミは言った。

隼颯にはアケミの頭上を白い狐のような霊体が逃げ去っていく様が見えたような気がした。


「結局こっくりさんの実在は証明できませんでしたわね」


都子はため息をついた。


「で、僕の作戦も失敗に終わったわけだ……」


隼颯は呟いた。


 *


「父上」


と寺生まれの男に声をかける少年がいた。寺生まれの男は寺の縁側から、縁側の下にいる彼の方へ振り返った。


「『アケミちゃん』と会ったのですか?」

「会った。それに一宮隼颯にもな」

「どうでしたか、彼は」

「いかにして『キューピットさん』に嫌われるか躍起になっていたよ」

「キューピットさん?」

「彼の周囲に悪い『気』が集まってくる元凶となった存在だ。俺が思うに、奴はそのキューピットさんに気に入られてしまったらしい」

「それで、この街の怪異のエネルギーバランスが崩れて妙なことに……」

「しかし面白いではないか」


 寺生まれの男は言った。


「面白い……ですか?」

「あぁ、怪異に魅入られたが故に、その怪異に嫌われるため、別の怪異の力を借りるというのはな」

「ふざけているのですか?」


少年は父に言った。


「僕はもう少し現実的な方法を探します。もし、必要であるならば『アケミちゃん』に彼の周りに集結する怪異たちを撃ち破ることができなくなったのならば、僕は彼を……」

拓也たくや


と寺生まれの男は言った。


「そんなことを考えるべきではない。我々『Tの一族』が戦うべきはあくまでも怪異だ。怪異を排除するために、市井の人間が犠牲になるようなことがあっては絶対にならない」

「父上は……」


と拓也は地面に視線を落とした。


「古すぎると……僕は思います」


 *


夜になった。スライムによって犠牲となった病院の周囲には、バリケードテープが張り巡らされていた。

隼颯はそんな病院の前に立ち、黒々とした建物を見上げている。建物には生命の気配が一切ない。病院は昨日一夜のうちに一瞬にして廃墟となってしまったのだ。


「僕のせいだ……」


隼颯は言った。


「僕がキューピットさんに気に入られなんかしたから……」


あのスライムは「自分のような者を活性化させるエネルギーが満ちている」と言っていた。それは隼颯自身のことだったのだろう。隼颯がこの病院に入院しなければ、みんなが犠牲になることもなかったはずだ。


隼颯の足は、気がつくとあの寺に向かっていた。楼門をくぐると、境内に、自分と同じくらいの歳頃と思しき少年がたっていた。


「君は……」

「僕は寺内てらうち拓也だ。君は一宮隼颯だね」

「僕の名前を知っているということは……『寺生まれ』か」


拓也は頷いた。かなり美形の少年である。クラスにいれば、女の子たちの注目の的になりそうな顔だ。


「寺生まれなら……僕を殺してくれ」


隼颯は言った。


「どうしてだい? 自ら殺して欲しいと言い出すなんて……」

「僕のせいで病院のみんなは死んだんだ。キューピットさんに嫌われることもできなかった。だから……」

「周りの人が犠牲になるのに耐えられなくなった。ってことだね」


拓也はにこりと笑った。


「いいよ。殺してあげる。父上はなんて言うかわからないけど、君自身が頼み込んでやってきたことだからね」


拓也は右手をゆっくりと上げた彼の手のひらに青い波動が集まり始める。


「破ァっ!」

「やめてください!」


拓也と隼颯の間に割り込んできたのはアケミだった。アケミは両腕を交差させると拓也の波動を受け止める。アケミの身体は少しずつ後方に下がり始める。


「『アケミちゃん』にはこの街は守れなかったというわけか。所詮、君も怪異だったというわけだね」

「私は……」


アケミは歯を食いしばった。


「隼颯くんが大好きです! だから……隼颯くんを傷つける人は許しません! たとえそれが隼颯くん自身であっても!」

「僕……自信であっても……?」


隼颯はアケミの横顔を見た。

アケミは頷く。


「そうです! 殺されるなんて許しません! 隼颯くんが死んでいいのは、私との愛のためだけです!」


アケミは拓也の波動を弾いた。


「そして、あなたも……」


アケミは中華包丁を取り出す。


「もし、隼颯くんを傷つけるのなら……」

「いや、そうか……」


拓也は笑い始めた。


「ははは、君はそこまで……。面白いよ。修復した甲斐があったというものだ。しばらく……見守らせてもらうとしよう。ただし、君が本当に隼颯くんを、いや、この街を守りきれないと判断がついたのなら、その時は……」


アケミは中華包丁を下ろした。


「そうですか。では私からも宣言しておきます。もし、あなたが本格的に隼颯くんを傷つける存在になったのなら、その時は容赦しません。私はあなたを殺します」


つむじ風が吹いてきた。気がつくと拓也の姿は消えていた。


「隼颯くん……!」


アケミは中華包丁を投げ捨てると隼颯に抱きついた。


「よかったです! 家に帰ってきてないみたいだったからどうしたのかと!」

「家に……? 待って、なんで僕が帰ってきてないことが……」

「いつも見てるからですよ」

「え……」

「だって油断していると、隼颯くんのまわりにすぐに悪い虫がたかってきちゃいそうなので」


隼颯は家に帰ったら部屋中をくまなく調べようと思った。盗聴器、隠しカメラの類はすぐに処分しておかないと。

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