「お寺、行ってみたら?」
特撮系の情報サイトから目を離さずに、
「お寺?」
「そう、だってそんなに立て続けに怪異に遭遇するんだったら、お寺に行くのが普通でしょ? お祓いとかしてもらっちゃってさ」
「お祓い……ねぇ」
考えたこともなかった。あぁいいうのって効果あるのだろうか。
「とにかく、平和な我が家に『悪霊』とかそういうのを持ち込まないでよね。そうしてくれちゃった瞬間にお兄ちゃんとは兄妹の縁を切るつもりだから」
「勝手だなぁ」
隼颯は妹の部屋を出た。妹の部屋は傍目から見ると男の子の部屋のようだ。棚には変身ベルトが整然と並んでいるし、壁には怪獣映画のポスターが隙間なく貼られている。
「お寺……か」
隼颯は自分の部屋に戻ると携帯を取りだした。地図アプリで検索をかけると、この近くの寺が何軒か表示された。
「いちばん近くて大きそうなところがいいな……」
そんなことを呟きながら隼颯は1軒の寺に目をつけた。
寺の名前はすぐに忘れてしまったが、確か「T」から始まるイニシャルの寺だった気がする。地図の情報を頼りにたどり着いた場所には、巨大な門へと向かう石段が伸びていた。
「あっ、隼颯くん!」
今いちばん聞きたくない声が聞こえてきた。隣を見ると案の定、アケミが石段を見上げながら立っていた。
「アケミ、どこにでも現れるんだね……」
隼颯は言った。
「はい、隼颯くんのいるところ、たとえ火の中水の中です」
「でも、僕はこれからお祓いをしにいくんだ」
「お祓い……ですか?」
隼颯は頷いた。
「あぁ、こう日頃から怪異に遭遇してるんだ。やっぱりそういうの、した方がいいと思うだろ?」
「そうですね。隼颯くんにたかる悪い虫も排除できるかもしれませんし」
「その『怪異』の中にはアケミちゃんも含まれてるんだけど……」
アケミは鞄の中に手を入れた。例によって中華包丁を取り出すつもりだろう。
「ま、まぁでもアケミちゃんは僕を助けてくれたわけだし大目に見ても……いい……かも」
隼颯は目を泳がせながら言った。
「本当ですか!?」
アケミの表情がぱっと明るくなった。
「隼颯くん! 大好きです! 結婚しましょう! それとも心中にしますかっ!?」
「どっちもちょっと待って欲しいな」
隼颯と、それに隼颯にくっついて歩くアケミは石段を上がり始めた。
楼門を抜けて本堂の前にたどり着くと寺には似つかわしくない屈強なガタイの男が竹箒で掃除をしていた。
「おや、こんにちは」
男は穏やかな声で言った。ワイシャツにジーパン姿なので僧侶ではないだろう。
「あの……お祓いがしたいんですけど……」
「お祓い?」
男は隼颯とアケミの顔を交互に見た。そしてアケミの方に右手のひらを向けると叫んだ。
「破ァっ!」
「ひゃあっ!」
アケミの身体は後方に飛ばされ、近くの木に背中を打ち付けた。
「な、何をするんですか!」
隼颯は男に言った。
「何って……君に憑いてる悪霊を……」
「いや、彼女も悪霊ですが、それよりも困っていることがあるんです」
隼颯は言った。
アケミは球体関節を回して動きを確かめながら戻ってきた。
「どれ、話を聞かせてもらおうではないか」
男は寺の本堂に隼颯たちを案内した。祭壇の前の畳の上で向かい合って座ると、男は口を開いた。
「俺は……そうだな通称『寺生まれ』と呼ばれている」
「お坊さんではないのですか?」
「僧侶ではない。しかし僧侶以上に『怪なるモノ』の対処には精通しているつもりだ」
「じゃあ、教えてください。僕はここのところ、立て続けに怪異に遭遇していて……。今まではこんなことはなかったんですけど……」
「なるほど……」
と男は頷いた。
「それでわかったよ。君は『
「どうして僕の名前を……」
「息子から聞いた。この街にて、怪異になりかかっている存在がいると」
「怪異に……なりかかっている?」
隼颯は自分の両膝に目を落とした。そんなこと、いきなり言われても……。
「心当たりはないか……? 例えば、怪異に遭遇するようになった数日前に自らがおこなったことで……」
「そう言われましても……ツチノコを探したり、キューピットさん占いをしたり……」
「それだ!」
と男は膝を叩いた。
「隼颯くん、君はキューピットさんに魅入られてしまったのだろう」
「キューピットさんに……魅入られた?」
隼颯はその言葉を繰り返した。
「あぁ、キューピットさん占いをおこなうとき、どのような説明を受けた?」
「確か……キューピットさんはこっくりさんよりも危険性はないと……」
「そんなのは嘘っぱちだ」
男は言った。
「こっくりさんは何の霊だ?」
「狐だと……思います」
「そうだ。しかしキューピットさんは何者だ? ローマ神話の神か? そんなものがこの日本の一般市民風情がおこなう占いに現れてくれるものだろうか?」
「じゃあ、僕たちは……一体何を呼び出していたのですか?」
「君は……キューピットという言葉に何をイメージする?」
「それは……愛だとか恋だとか……いかにも女の子が好みそうな……」
「まさしくそれだ。キューピットさんとは本来、こっくりさんの『危険性』を排除するために小学生たちが生み出した新たな占いだった。しかしなんの専門知識もない小学生が果たして自分たちの思った通りの占いを編み出せるものなのだろうか?」
それから男はひと息ついて続けた。
「キューピットさんで呼び出されたのは、人間の霊だった。それも無念の愛に死んでいった者たちの意識集合体のような」
「キューピットさんがこっくりさんと同じように危険な霊だということはわかりましたけど……どうして僕がそいつに魅入られて、怪異に遭遇することになったんですか?」
「怪異の考えることはよくわからないものだ。おそらくキューピットさんとなった霊魂の中に、隼颯くんのことを気に入ってしまった魂があったのだろう。そしてキューピットさんは、隼颯くんを自らの仲間に引き入れようとしたんだ」
「そんな……隼颯くんは私だけのものです!」
アケミが抗議の声を上げた。
「キューピットさんの仲間に引き込まれかけている隼颯くんは、今や半分が怪異となったに等しい。同類たる怪異が寄ってきやすくなっている」
「許しません。隼颯くんは私だけのものなのに……」
アケミは両手の拳を握りしめた。
「で、どうすれば僕はまた怪異に遭遇しないように戻れるんですか?」
「さて……。我々『寺生まれ』の者たちは今まで半ば力づくで怪異を祓ってきた。このような慎重な仕事には向かんのだよ」
「それじゃあ、僕は……」
一生、このままで……?
「だがまったく打開策がないわけではないと思う」
「打開策……? それは……」
「キューピットさんに気に入られたからこのような状況に陥ったのだろう。ならば今度はキューピットさんに嫌われればいいのではないか?」