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第64話 代償

 ドゥセテラ宮殿の一室で、密やかな計画が進行していた。


 揺らめくキャンドルの炎の下で、フィリス・ノワールは床の上にかがみ込み、黒水晶を手に、次々に図形を描いていた。


 そこは、書棚の奥に作られた、隠し部屋。

 フィリスは闇魔法を使う時には、その部屋を使うことにしていた。


 貴重な魔法書や、魔法に使うさまざまな道具が集められている。


 使用する呪術はすでに選んでいた。

 その計画は万全だ。

 魔法陣も完成している。


 フィリスは魔法陣の中央に、ためらうことなく、一組の真珠のイヤリングを置いた。

 それはブルーベルが真珠のネックレスと共に母から譲られた、大切な品。


「闇の女神よ、我は命じる。ブルーベル・ドゥセテラから、その美しい顔を奪い、我に美を与えよ。その代わりに、我はそなたに我が魔力の半分を与えよう」


 フィリスは、顔を上げ、青ざめた顔している二人の妹達、ストロベリーブロンドをした第二王女トゥリパと、金髪の第三王女ロゼリーを見た。


「さあ、手をつないでちょうだい。そして、魔法陣に魔力を流すの」


 トゥリパとロゼリーが不安そうにお互いの顔を見合わせたのをフィリスは見た。


「ここまで来て、もう後戻りはできないわ。欲しいものは、自分の手で掴み取るのよ」


 トゥリパとロゼリーは、諦めたかのように、目を閉じた。

 二人の魔力が流れ出す。

 フィリスは二人の魔力を受け取り、そして、自分の魔力と合わせて、魔法陣に流し込んだ————。


 * * *


 アルヴァロがフィリスのかけた呪術を本人に返したその瞬間、フィリスの悲鳴が響き渡った。


 巨大な水晶が割れ、破片が飛び散った。


 フィリスが顔を押さえて、地面に倒れ込む。

 同時に、ブルーベルもまた、意識を失って崩れ落ちた。


「団長!」

「アルヴァロ様!!」


 ミュシャにビヨーク、待機していた騎士達が駆け寄ってくる。


「フィリスを拘束しろ。魔法封じの処置と、顔の傷の手当てをするように」

「はい!」

「ビヨーク、兄上に報告を。それから、母上を————」

「わたしはここよ、アル」


 鮮やかな青い髪をなびかせて、キアラが駆け込んで来た。

 アルヴァロは、キアラにうなづく。

 静かにひざまづくと、うつ伏せのブルーベルをそっと、抱き寄せた。


 ブルーベルは完全に意識を失っている。


「! 仮面が……」


 アルヴァロは驚きの表情を浮かべた。


 ブルーベルの顔の右半分を覆う銀の仮面。

 今、仮面は淡い光を放っていた。


 アルヴァロがブルーベルの顔に触れると、仮面はからん、と床に落ちた。

 アルヴァロは息を呑む。


 そして完璧にまで整った、ブルーベルの美しい顔が、現れたのだった。


 * * *


 アルヴァロはブルーベルを抱いて、結婚式までの間にと彼女に用意した部屋に連れて行った。

 慎重に、ブルーベルをベッドに寝かせる。


 ローリンが涙を拭きながら、ブルーベルにブランケットを掛けてやった。

 ビヨークは、さっと窓のカーテンを閉めている。


 フィリスの身柄はすでに、騎士団の手によって、王城に移送されており、ヴィエント公爵邸を離れている。


「団長」


 控えめなノックがして、ミュシャともう一人の騎士団員が顔を出した。


「入れ。ブルーベルはまだ眠っている。起こさないで、顔の状態を確認できるか?」


 二人はうなづいた。


「アル」

「母上……どうぞ、お入りください」

「ユニコーンちゃんも入りたいようなのよ?」


 遠慮がちなキアラの声に、アルヴァロは入室を促した。


「ユニコーンも、入って構わない」


「我々は外におりますから、必要な時にお声をおかけください。大奥様、ブルーベル様をよろしくお願いいたします」


 老家令のローリンがビヨークとともにうなづいた。


「ありがとう」


 ブルーベルは目を覚ますことなく、眠り続けている。

 ユニコーンはベッドの傍でそっとブルーベルの顔を見つめていた。


「全く、傷跡も、ありませんね。皮膚は滑らかで、まるで何も起こらなかったかのようです」


 騎士がアルヴァロに言った。

 彼は、光魔法を使える魔法治療士でもある。


 ミュシャもブルーベルの顔に手を触れて、魔力を確認する。


「闇魔法の残滓も、一切ありません」

「ブルーベルは大丈夫なのか?」


 ミュシャは微笑んだ。


「はい、団長。ブルーベル様には、何の危険もありません」


 アルヴァロは長い息を吐いた。


「そうか…………」


「アル、わたし達は階下に行っているわ。ブルーベルちゃんが目覚めたら、知らせてちょうだい」


 キアラはそうアルヴァロに言うと、ミュシャと騎士に視線で部屋を出よう、と伝えた。

 全員、そっとブルーベルの部屋を出る。


 ユニコーンまでもが部屋を出たが、廊下に座り込んで目を閉じた。

 ブルーベルとアルヴァロに気を使って、部屋は出たものの、やはりブルーベルが気になって仕方がないようだ。


「……ちょっと、廊下が狭くなるけど……まあ、よしとしましょうか」

「はい、大奥様」


 ローリンはそう言うと、静かにブルーベルの部屋のドアを閉めた。


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