ドゥセテラ宮殿の一室で、密やかな計画が進行していた。
揺らめくキャンドルの炎の下で、フィリス・ノワールは床の上にかがみ込み、黒水晶を手に、次々に図形を描いていた。
そこは、書棚の奥に作られた、隠し部屋。
フィリスは闇魔法を使う時には、その部屋を使うことにしていた。
貴重な魔法書や、魔法に使うさまざまな道具が集められている。
使用する呪術はすでに選んでいた。
その計画は万全だ。
魔法陣も完成している。
フィリスは魔法陣の中央に、ためらうことなく、一組の真珠のイヤリングを置いた。
それはブルーベルが真珠のネックレスと共に母から譲られた、大切な品。
「闇の女神よ、我は命じる。ブルーベル・ドゥセテラから、その美しい顔を奪い、我に美を与えよ。その代わりに、我はそなたに我が魔力の半分を与えよう」
フィリスは、顔を上げ、青ざめた顔している二人の妹達、ストロベリーブロンドをした第二王女トゥリパと、金髪の第三王女ロゼリーを見た。
「さあ、手をつないでちょうだい。そして、魔法陣に魔力を流すの」
トゥリパとロゼリーが不安そうにお互いの顔を見合わせたのをフィリスは見た。
「ここまで来て、もう後戻りはできないわ。欲しいものは、自分の手で掴み取るのよ」
トゥリパとロゼリーは、諦めたかのように、目を閉じた。
二人の魔力が流れ出す。
フィリスは二人の魔力を受け取り、そして、自分の魔力と合わせて、魔法陣に流し込んだ————。
* * *
アルヴァロがフィリスのかけた呪術を本人に返したその瞬間、フィリスの悲鳴が響き渡った。
巨大な水晶が割れ、破片が飛び散った。
フィリスが顔を押さえて、地面に倒れ込む。
同時に、ブルーベルもまた、意識を失って崩れ落ちた。
「団長!」
「アルヴァロ様!!」
ミュシャにビヨーク、待機していた騎士達が駆け寄ってくる。
「フィリスを拘束しろ。魔法封じの処置と、顔の傷の手当てをするように」
「はい!」
「ビヨーク、兄上に報告を。それから、母上を————」
「わたしはここよ、アル」
鮮やかな青い髪をなびかせて、キアラが駆け込んで来た。
アルヴァロは、キアラにうなづく。
静かにひざまづくと、うつ伏せのブルーベルをそっと、抱き寄せた。
ブルーベルは完全に意識を失っている。
「! 仮面が……」
アルヴァロは驚きの表情を浮かべた。
ブルーベルの顔の右半分を覆う銀の仮面。
今、仮面は淡い光を放っていた。
アルヴァロがブルーベルの顔に触れると、仮面はからん、と床に落ちた。
アルヴァロは息を呑む。
そして完璧にまで整った、ブルーベルの美しい顔が、現れたのだった。
* * *
アルヴァロはブルーベルを抱いて、結婚式までの間にと彼女に用意した部屋に連れて行った。
慎重に、ブルーベルをベッドに寝かせる。
ローリンが涙を拭きながら、ブルーベルにブランケットを掛けてやった。
ビヨークは、さっと窓のカーテンを閉めている。
フィリスの身柄はすでに、騎士団の手によって、王城に移送されており、ヴィエント公爵邸を離れている。
「団長」
控えめなノックがして、ミュシャともう一人の騎士団員が顔を出した。
「入れ。ブルーベルはまだ眠っている。起こさないで、顔の状態を確認できるか?」
二人はうなづいた。
「アル」
「母上……どうぞ、お入りください」
「ユニコーンちゃんも入りたいようなのよ?」
遠慮がちなキアラの声に、アルヴァロは入室を促した。
「ユニコーンも、入って構わない」
「我々は外におりますから、必要な時にお声をおかけください。大奥様、ブルーベル様をよろしくお願いいたします」
老家令のローリンがビヨークとともにうなづいた。
「ありがとう」
ブルーベルは目を覚ますことなく、眠り続けている。
ユニコーンはベッドの傍でそっとブルーベルの顔を見つめていた。
「全く、傷跡も、ありませんね。皮膚は滑らかで、まるで何も起こらなかったかのようです」
騎士がアルヴァロに言った。
彼は、光魔法を使える魔法治療士でもある。
ミュシャもブルーベルの顔に手を触れて、魔力を確認する。
「闇魔法の残滓も、一切ありません」
「ブルーベルは大丈夫なのか?」
ミュシャは微笑んだ。
「はい、団長。ブルーベル様には、何の危険もありません」
アルヴァロは長い息を吐いた。
「そうか…………」
「アル、わたし達は階下に行っているわ。ブルーベルちゃんが目覚めたら、知らせてちょうだい」
キアラはそうアルヴァロに言うと、ミュシャと騎士に視線で部屋を出よう、と伝えた。
全員、そっとブルーベルの部屋を出る。
ユニコーンまでもが部屋を出たが、廊下に座り込んで目を閉じた。
ブルーベルとアルヴァロに気を使って、部屋は出たものの、やはりブルーベルが気になって仕方がないようだ。
「……ちょっと、廊下が狭くなるけど……まあ、よしとしましょうか」
「はい、大奥様」
ローリンはそう言うと、静かにブルーベルの部屋のドアを閉めた。