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第62話 わたしが守る(3)

「フィリスお姉様!?」


 ブルーベルは炎を消して、周囲を見回すが、フィリスの姿はない。


「ミカ! ローリン!!」

「私達はこちらに!」


 玄関のドアを開けて外に出ると、そこに騎士達と共に待機するミカとローリンの姿があった。

 公爵邸の騎士達のほか、騎士団から来た騎士も合流している。


「ブルーベル様、おケガは?」

「大丈夫よ。フィリスお姉様の姿を見た?」


 ブルーベルの問いかけに、二人は首を振る。


「ブルーベル様、危険です。アルヴァロ様には急ぎ伝令を送りましたが、到着されるまでにはまだ時間がかかるでしょう。屋敷内に避難用の部屋があります。ミカ、ブルーベル様を連れてそこへ……」


 その時、ブルーベルの背後から、声がした。


「ブルーベル」


 ブルーベルが振り返ると、すぐ後ろに虚ろな顔をしたフィリスが立っていた。

 着ているドレスは所々焼け焦げ、嫌な匂いを放っている。


「ブルーベル、許してちょうだい。わたくしが悪かったわ」


 フィリスは、よろよろと地面に倒れ込んだ。

 そのまま、動かなくなる。


「フィリスお姉様!?」


 ブルーベルは迷った。

 フィリスのことは、信じられない。

 フィリスはすでにブルーベル達に対して、ためらうことなく、魔法で攻撃している。


 しかし、ブルーベルには、フィリスを殺める意図はない。


(でももし、本当にフィリスお姉様が傷ついているとしたら……?)

(フィリスお姉様は、わたしと血がつながった姉妹であるのは、間違いない)


 ブルーベルは無意識に一歩、フィリスに近寄ろうとした。


 その時だった。


「ブルーベル様、危ないっ……!」


 ミカが叫んだのと、フィリスが手を伸ばして、溜めた闇の魔力を放ったのは、同時だった。

 ミカはブルーベルを突き飛ばし、渾身の力でフィリスに覆い被さった。


「ミカ————!!」


 ミカの小柄な体に、何か黒くて重いものが正面から襲いかかった。

 ミカは弾き飛ばされて、宙に放り出され、そして、ブルーベルの目の前で、地面に落ちた。


 フィリスはどこにそんな力があったのかと思うほど、素早く起き上がるとドレス姿で走り去り、魔法を四方八方に放っていく。


 屋敷の外壁が崩れた。

 大きな木が、音もなく倒れていく。


 ローリンが叫んだ。


「全員、フィリス・ノワールを追え!!」


 ローリンが右手を振りかぶると、まるで花火のように火球が宙に上がり、庭中を一気に照らし出した。

 遠くに、走って逃げようととするフィリスの姿が見えた。

 この庭園の全ての小道は、最終的には噴水に行き着く。


「噴水に向かっている! 女性だからと油断をするな! 捕縛しろ!!」


 ローリンの声に、騎士達が一斉にフィリスを追いかけて庭園になだれ込んでいく。


 ブルーベルは、その場から動けなかった。

 目の前に、ミカの体がある。


「わたしの、せいだわ。わたしが、中途半端な気持ちでいたから」


 ミカは地面に倒れたまま、動かない。


 中庭からは荒々しい足音。

 何かが倒れる音。

 そして放たれる魔法が交錯する音が聞こえてきた。


 美しい屋敷。

 アルヴァロと屋敷の人々の、労りが込められていた離れの部屋。

 ブルーベルの大好きな、精霊と幻獣達の暮らす森の入り口はすぐそこだ。

 花々が咲く庭は、庭師と一緒になって、手入れをした。


 キアラが守る湖につながる噴水。


 全てが、かけがえのない、愛しい存在になっていたのに。

 大切なものが、今、破壊されようとしている。


(精霊達よ)


 ブルーベルは自分の知っている全精霊を呼んだ。

 精霊達は、呼び声に応え、ブルーベルの指示を待っている。


 アルヴァロはまだ戻らない。

 自分にできるか、わからない。

 ブルーベルはそれでも一人で戦わなければならない。


「ミカ」


 ブルーベルは地面に膝をついて、ミカを抱き上げる。

 ミカを両手で抱きしめ、祈る。後悔の想いに押しつぶされそうだ。


 すると、ミカの体から煙が上がり、次の瞬間、ミカは消え去ってしまった。


「ミカ!? ミカ、どこへ行ったの?」


 ユニコーンがブルーベルに寄り添い、励ますように鼻先を押し付ける。


「ミカ! ミカ!!」


 その時だった。


『大地に祝福された娘よ』


 ブルーベルの耳に、自分に語りかける声が響いた。

 ブルーベルは、はっとして耳を澄ませる。


『わたくしは大地の精霊デイナ。そなたに必要なものは、力。力を手にする勇気はあるか?』


「力……?」


『そうだ。人を傷つける覚悟は、あるか? 何かを傷つけても、それでも、大切なものを守ろう、と思えるか?』


「人を……傷つけても……」


 ブルーベルは、腕の中で消え去ったミカを想った。


(わたしの中途半端な心が、ミカを傷つけることになってしまった)


 ブルーベルはミカを失った両手を見つめる。


 ローリンが泣きそうな顔をして、ブルーベルを見つめていた。

 ブルーベルは深く息を吸い込んだ。


「あるわ」


 次の瞬間、ブルーベルの前の地面がまばゆい光に包まれた。

 思わず両腕で目をかばい、顔を背ける。


 光がおさまった時、ブルーベルの前には、地面に突き刺さった、不思議な剣があった。

 刀身は、透き通るクリスタルだ。


 ブルーベルは心を決めて、銀のつかを握り、地面から剣を抜いた。

 意外なほどあっさりと剣は抜け、ブルーベルの手に収まる。


 その剣はまるで羽のように、重さを感じさせなかった。


 ブルーベルはうなづく。

 しっかりと剣を右手に握った。


(この剣の主人は、わたし)

(命令をするのは、わたし)

(運命を決めるのは、わたしなのだ)


「ローリン、あなたは屋敷の玄関を守って。フィリスを中に入れてはいけない」

「かしこまりました、ブルーベル様」


 ブルーベルは剣を持って中庭に向かう。

 その後を、純白のユニコーンが、音もなく後に続いた。


 そこには、噴水の前に追い込まれた、フィリスの姿があった。

 フィリスの前で、騎士達が半円を描くように取り巻き、剣を突きつけている。

 さらさらと流れる噴水の水が、フィリスの背後で、虹を作っていた。


 虹の美しさが、ひどく場違いなように感じられる。


 フィリスがブルーベルをすがるように見つめた。弱々しく訴える。


「ブルーベル、わたくしは、あなたの姉よ。助けて……わたくしが悪かったわ。あなたを傷つける気はなかったの。本当よ。わたくしの話を聞いて」


 ブルーベルは右手の剣を掲げた。


(大地の精霊デイナよ。わたしに力を貸して)


 ブルーベルは、クリスタルの剣に、自分の魔力をこめた。

 そして、剣先を、迷うことなく、まっすぐにフィリスに向けた。


「ブルーベル、助けてちょうだい」

「……何度、同じ言葉を繰り返すの?」


 ブルーベルは叫んだ。


「真実のないあなたの言葉は、もう聞かない」


 その瞬間、水晶で出来た、透明な刀身に光が宿る。

 その光が放たれた。


「きゃあぁああああああああああ……!!」


 フィリスの激しい悲鳴が響き渡り、そして、途絶えた。


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