目を覚ました時、ブルーベルはそこが見慣れた離宮ではないことに、すぐ気づいた。
高い天井。
きらびやかなシャンデリア。
ピンクの小花が描かれた天蓋に包まれた、広々としたベッド。
磨き抜かれたタイル張りの床には、左右をきちんと揃えて、新しい室内履きが置かれている。
ブルーベル自身も、真新しい、質の良い寝巻きを着ていた。
思わず、寝巻きをまじまじと見つめてしまう。
「どうしたんだろう……? ここは宮殿かしら。なぜ、わたしはここにいるの……?」
広々とした室内には、人の気配はない。
ブルーベルはベッドから降りて、室内履きに足を入れる。
そのまま、恐る恐る歩き出すと、布を掛けられたドレッサーが目に付いた。
何気なく鏡を覆っていた布をまくり上げると、ブルーベルは悲鳴を上げた。
「ブルーベル王女殿下!」
「殿下、落ち着いてください!」
「誰か、お医者様をお呼びして」
「国王陛下にお知らせを!」
さまざまな叫び声が交錯する。
しかし、ブルーベルはガタガタ震えながら、床の上にしゃがみ込んだ。
一体、何が起こったのだ?
ブルーベルは立ち上がって、もう一度、鏡を見る勇気がなかった。
すると、優しい手がそっとブルーベルに触れ、彼女を助け起こした。
「王女殿下、ベッドに戻りましょう。すぐにお医者様がお越しになられます」
ブルーベルは逆らう気にもならず、言われるままにベッドに戻った。
侍女の一人が、さりげなく、ドレッサーの鏡に再び、布を掛ける。
「わたし……わたし、どうなってしまったの……?」
震える声でブルーベルが言うと、侍女はそっとブルーベルをベッドに寝かしつけた。
「お医者様が説明してくださいます。それまでお待ちください」
彼女は、ブルーベルに甘い香りのする液体を飲ませてくれた。
喉が渇いていたブルーベルは、苦もなく全て飲み干してしまう。
すると、再び、強い眠気が襲ってきたのだった。
* * *
「ブルーベル王女殿下、目を開けることはできますか?」
次にブルーベルが目覚めた時、部屋の中は茜色に染まり、夕暮れが訪れていることが察せられた。
部屋の中は静かで、ベッドに横たわっているブルーベルと、ベッドの脇に置かれた椅子に腰を掛けている一人の年配の男性の二人しかいないようだった。
白の長衣を着た男性は、ブルーベルに手を貸して、ベッドの上に起き上がるのを助けてくれた。
「水を飲みますか?」
淡々とした男性の言葉に、ブルーベルはうなづく。
すぐに男性はテーブルの上に用意されていた水さしから水をグラスに注いで、手渡してくれる。
ブルーベルはグラスを口もとに付けて、水を飲んだ。
「ブルーベル王女殿下、何があったか、覚えておられますか?」
ブルーベルは水を飲み干して、グラスを男性に返し、そっと首を振った。
「わたしに何かがあったのですか……? 気がついたら、この部屋に寝かされていて、そして、顔が痛かったのです。いえ、今でも、痛いわ。それに、すごく右側が突っ張っているような、そんな奇妙な感覚があるのです」
「あなたは一度、起き上がって、ドレッサーの鏡をご覧になりましたね? その時、見たものを覚えていますか?」
ブルーベルは沈黙した。
「はい、覚えています」
答えた声は小さかった。
男性もまた、しばらく沈黙していたが、ようやく、テーブルの上に置かれていた手鏡を取った。
「あなたは事故に遭ったのですよ。ご自身で、鏡をご覧になりますか?」
ブルーベルは凍りついた。
(見たくない……だって、わたしは、鏡に何が映るのか、知っている)
「あれは、夢ではなかったの……?」
男性は無言で、ただ静かな眼差しで、ブルーベルを見つめていた。
ブルーベルはそっと息を吐くと、男性に手を差し出した。
「……鏡を、貸してください」