目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第11話 襲撃(1)

 コツコツ、とドアを叩く音がした。


 ブルーベルはその時、二階の寝室でベッドを整えたり、掃除をしたりしていたのだが、慌てて、窓から下を覗き込んだ。


 離宮の玄関先に立つ、ストロベリーブロンドの髪をした少女が見えた。


「……トゥリパお姉様!?」


 慌てて、ブルーベルは階下に向かった。

 姉達が離宮に来たことは今まで一度もなかった。

 しかし、あの特徴のある髪色は、第二王女トゥリパで間違いない。


(一体、どうしたのかしら)


 ブルーベルが慌てて、昨夜鍵をかけたドアを開けると、果たして外には、侍女も連れずに一人で立っているトゥリパがいた。


 トゥリパは、古い木綿のワンピースを着たブルーベルの姿を見て、一瞬、不快げに眉を寄せたが、すぐに表情を変えて、神妙な様子になった。


「ブルーベル、驚かせてごめんなさいね。実は……お詫びに来たのよ」


 今朝のトゥリパは細かなレースが施された、淡いミントグリーンのドレスを着て、髪は下ろし、片方のサイドだけ編み込んでリボンを付けていた。


 大きな青い目を見開いて、じっとブルーベルを見つめる。


「ね、あなたから借りたあのネックレス、確か揃いのイヤリングもあったでしょう……? それを少しの間、借りられないかしら。実は……」


 トゥリパの青い目が涙で潤んだ。


「ごめんね、ブルーベル。あのネックレス、壊されちゃったのよ……!」

「え……!?」


 ブルーベルは呆然として、目の前のトゥリパを見つめる。


「本当にごめんね。でも、弁償して、お返しするわ。似たようなものを探すから、それで、イヤリングを貸してもらえないかと思って」


 トゥリパはあっさりと説明する。

 一方、ブルーベルの方は、驚いたまま、言葉が出てこない。


(似たようなものを探す?)


 一方、トゥリパの方は、言葉とは裏腹に、特に申し訳なさそうな様子もなく、堂々とブルーベルの視線を受け止め、見つめ返している。


(壊された!? また? それに弁償って。あれは、お母様が遺してくれた、数少ない品物よ……)


「ブルーベル。わたくしね、これからお買い物に行くのよ。よければ、すぐイヤリングを持ってきてくれないかしら?」


 トゥリパは、お詫びに来た、と初めは殊勝な態度を取っていたのもすっかり忘れたように、いらいらし始め、ブルーベルは仕方なく寝室に行き、ネックレスとお揃いのイヤリングを取ってきた。


「トゥリパお姉様、ネックレスですけれど、その、本当に……」


 トゥリパはさっとイヤリングを掴むと、吐き捨てた。


「もう! 悪かったと言ったでしょ? 本当にあなたときたら、執念深いんだから。それじゃあね」

「トゥリパお姉様!!」


 ブルーベルは反射的に手を伸ばし、トゥリパを追おうとしたが、その前で、離宮のドアがピシャリと閉じられた。


 ブルーベルは呆然として立ち尽くす。


 深い後悔が浮かんでくる。


 大切なものを、渡してはいけなかった。

 しかも、これで終わるとは思えない。

 なぜか、頭の中で、警告のような音が響いている。

 ブルーベルは深い不安の中にいた。


「お母様……ごめんなさい。わたしにと、せっかく残してくれたのに……」


 ブルーベルは後悔に沈んだ。

 そっと、古い宝石箱に唯一残された、ムーンストーンのネックレスを手に取った。


(もう何も失いたくない)


 そう思ったブルーベルは、ネックレスを首にかけ、ベッドに入った。

 丁寧に、ムーンストーンを服の下に入れ込む。


 そしてその夜、事件が起こった。


 * * *


(あああああああぁ———!!!)


 女性の悲鳴が聞こえた。


 痛い。

 顔が痛い。


 無意識にブルーベルの右手が動き、顔に触れようとすると、誰かの手がそっとそれを遮った。

 その時、一瞬、右手が冷たく硬い、何かに触れた。


『眠りなさい』


 落ち着いた男性の声が聞こえた。


『今は、眠ることが何よりの薬です』


 自分の意志に反して、ブルーベルはまるで催眠術にかけられたかのように眠り続けた。


 何かが起こった。

 目を開けて、確かめなくては。


 しかし、今のブルーベルには、まぶたを持ち上げることすら、できない。


(お母様……)


 再び、薄れていく意識の中で、ブルーベルは幼い頃に死別した母を思った。

 それは、本能的に、自分の力の及ばないことが起こったかもしれない、と察した、そんな怖れのせいかもしれなかった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?