第一王女フィリス・ノワールは、幼い頃に闇魔法の属性があると判定され、それ以来、闇魔法の習得に励んできた。
元々、王族の人々は魔力が高いが、長年の努力の末、フィリスは今では闇魔法において他の追随を許さない、と言われるほどの実力の持ち主に成長した。
今、フィリスは宮殿の中央棟一階にある、広々とした自分の部屋で、明かりを付け、机に座って黙々と古い魔法書に目を通していた。
先ほどまでは、オオカミが現れた、ということで、オオカミを探す衛兵達の動きも慌ただしく、宮殿全体がざわざわする雰囲気に包まれていた。
真夜中になってからは、すでに騒ぎは終わったようで、しんとした静けさに包まれている。
昼間に着ていた赤いドレスはすでに着替え、赤い刺繍の施された
フィリスは魔法書から顔を上げ、考え込むようにして、窓の外に広がる夜の闇を見つめる。
(ブルーベルを皇帝の花嫁候補から脱落させるには、具体的な理由がなければならない)
もちろん、ブルーベルを脅して、候補を辞退させることはできる。
しかし、問題なのは、王女の意志よりも、国王の決定の方が重い、ということだ。
いくらブルーベルが辞退しても、国王が決定を翻さない限り、ブルーベルは帝国の皇帝の花嫁の座を得るだろう。
(一番美しい王女を、ですって?)
フィリスは紙を手元に引き寄せると、忌々しげにペンを取って、何かを書き始めた。
魔法は、詳細な設計図の上に成り立つ。
目的を設定し、それを具現化するための設計図を作るのだ。
フィリスは微笑んだ。
「やはり、この方法が一番確実だわ」
フィリスは魔法書を閉じる。
目を閉じて、魔法の構成をイメージしていく。
フィリスの欲する結果。
魔法の対象。
自分が差し出す物。
用意するものが、ひとつある。
しかし、手に入れるのは難しくない。
トゥリパが適役だろう。
詳細をイメージして納得したフィリスは立ち上がった。
部屋の奥に置かれた書棚を動かし、隠し部屋に入って再びドアを閉める。
フィリスは部屋の明かりを付けた。
首にかけている細い鎖を引き出すと、先端に下げられていた黒水晶を手にして、がらんとした床にかがみ込み、次々に図形を描いていく。
図形を描き終わったフィリスには、次にすることははっきりしていた。
トゥリパとロゼリーにも協力させよう。
彼女らの魔力も使えば、より強力な呪術をかけられる。
「ブルーベル、待っていなさい。もうすぐ、お前の未来は、永遠に閉ざされることになるわ」