「私は第四王女ブルーベルを帝国へ嫁がせようと考えている」
しん……と静まり返る謁見の間。
その沈黙を破ったのは、第一王女フィリスの母、正妃アリステラだった。
「国王陛下に申し上げます。恐れながら、一番美しい王女、ということでしたら、第一王女フィリス・ノワールしかいない、と思います」
正妃の発言に、側妃二人の表情が凍りついた。
「フィリスは第一王女として育ち、礼儀も、学問も全て優秀です。魔法は貴重な闇魔法の使い手です。そしてご覧くださいませ、フィリスの美しい黒髪を。まるで夜の闇のような黒い瞳を。きめ細かい肌、非の打ちどころのなく整った顔だち。それに女性らしく魅力的なこの体。フィリスが一番の美女でなければ、何だというのでしょうか」
第一側妃が口を開いた。
「正妃様のお言葉を遮るわけではございませんが、それは納得いきませんわ。皇帝陛下は、『一番美しい王女』を求めているのです。第一王女であることとは全く関係ございません。礼儀と学問を出すなら、ロゼリーの賢さ、そして繊細な風魔法をご覧になってください。もちろん。ロゼリーの美しさは……」
第二側妃も負けていない。
「第一側妃だからといって、少々でしゃばりではありませんの? わたくしの娘トゥリパは、第二王女です。ロゼリー王女殿下よりもよほど学問も習得していますわ。それに女性は何よりもまず、人を魅了する愛らしさが大事です。つんとしてお高くとまっている王女よりも、愛らしい微笑みの王女が皇帝陛下を癒すのですわ」
王女の母親達である、正妃と二人の側妃が激しく言い争う中で、ブルーベルは一人、所在なさげに立っていた。
ブルーベルには母はいない。
第三側妃だった母は、ブルーベルが幼かった頃に他界してしまったからだ。
それ以来、ブルーベルには後ろ盾になる者もなく、彼女は一人、ひっそりと庭園の外れにある離宮に暮らしていた。
国王の、一番美しい王女として、ブルーベルを選ぼうとする様子に、猛反発する正妃と側妃達。
ブルーベルが一番、に納得しない三人の姉王女達は無言で冷たい視線をブルーベルに送っている。
「本当の美しさって、何なのかしらね?」
謁見の間の裏にある、控えの間で働いていた侍女の一人が呟いた。
興奮した妃達の声が響き渡り、今や控えの間にも筒抜けで聞こえるほどだった。
「一番美しい王女を選ぶですって? どうやって選ぶつもりなのかしら」
侍女はそっと、首を振った。
今や、ブルーベルはかつてないほど、孤立していた。
フィリスは以前にも増してブルーベルを敵とみなし、激しく攻撃をしようとしていた。その様子は宮廷内のあれこれを見慣れた彼女でさえ、目を背けたくなるほど。
この侍女の目には、ブルーベルは確かに、他の王女と比べて、一際美しいように思われた。
ブルーベルは、まさに、花のような、精霊のような、と言われるのも納得する、ちょっと人間離れした、とも言えるような美貌の持ち主である。
とはいえ、『美しさ』はさまざまだ。
第一王女フィリスの黒髪に黒い瞳は印象的だし、いつも赤や黒、といったはっきりした色合いの、シンプルで上質なドレスを着ているのも、品があり、彼女を引き立てている、と思う。
第二王女トゥリパは、何よりも愛らしい容姿が一番の魅力だ。
少々装飾過剰にも思える、幾重にも重ねられた、大きなリボンや、たっぷりと取られたフリルが付いたドレスも、トゥリパが着れば、まるで本物のお人形のよう。
第三王女ロゼリーは、金髪にグレーの瞳の美しい少女だが、華やかさ、には少々欠けるかもしれない。
同じようにクールな印象のフィリスほどの高価な装飾品も持ってはいない。
しかし、自分の容姿をより美しく見せる、そして他の王女が着ないような個性的なデザインのドレスを着ている姿は、十分魅力的だ。
「……美しいだけでは、選ばれることはできないでしょうね」
侍女の目に、付き添う者もなく、ただ一人で謁見の間を後にするブルーベルの姿が見えた。
謁見の間では、国王が退出した後、妃達が我先にと自分の娘に駆け寄り、しきりに話しかけていた。
次々に、お互いに寄り添いながら退出する妃と娘達。
彼らは、宮殿内に与えられているそれぞれの部屋へと戻っていく。
ただ一人、ブルーベルだけは、まっすぐ、宮殿を出るために内廊下を歩いていた。
宮殿の裏側に造られた庭園に開く扉は古く、出入り口を守る衛兵の姿もなかった。
ブルーベルは迷うことなく、庭園に降りると、木々と草花の間を進み、まるで森を背景に、緑の中に半ば隠れているかのように立つ古い建物に向かっていった。
『離宮』。
名前こそ、離れの宮殿、といういでたちだが、実際は、子どもを産むことのなかった、数世代前の王妃を幽閉した離れの屋敷である。
ブルーベルは古く重い、樫の木でできたドアを押して、離宮の中に入っていった。