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第2話 四人の王女(2)

「トゥリパお姉様? どうかなさったのですか……?」


 そう声をかけられて、トゥリパはゆっくりと振り返った。


 遅れて来た、背の高い、ほっそりとした姿。

 流行遅れの、古びたクリーム色のドレスを着た少女が立っていた。


 付き添う侍女の姿もなく、少女はひとり静かに立っている。

 しかし、彼女を見たらきっと、誰もが目を奪われるだろう。


 豊かに流れる銀色の髪。紫陽花の花を思い起こさせる、青紫色の瞳。

 めったに見ることのない、印象的な色合いの髪と瞳に、ひときわ整った顔立ちが映える。


 きれいに見開かれた、大きな目。

 整えなくても完璧なラインを描く眉。

 頬は淡いピンク色をし、小さめの唇は、しかし、ふっくらとして柔らかそうに見えた。


 輝く宝石の飾りも、華やかなリボンもレースもない。

 ドレスのスカートにボリュームはなく、ただ自然に落ちるだけ。

 しかしこんな流行遅れのドレスが何だというのか。

 ドレスがただの添え物である、と実感するのは、こういう時だ。


 彼女は第四王女ブルーベル。


 人は彼女のことを話すときに、「花のような」「精霊のような」美しさ、と表現する。


 ほっそりとした華奢な立ち姿に、印象的な色合いの髪と瞳に恵まれたブルーベルは、確かにどこか人間離れした美しさだった。


 その美しさで評判の四姉妹。

 ドゥセテラ王国の誇る四人の王女は各国の間でも名高い。

 優劣つけがたい美しさと言われるものの、一番美しいのは、この末っ子王女であるブルーベルだ。


 密かにそう噂する者も多かった。


 ブルーベルを見たトゥリパの表情がさらに険しくなる。

 ひゅっと、彼女の右眉が上がった。


 しかし、ブルーベルはトゥリパを見、床の上にかがみ込むようにして真珠玉を拾い集めている侍女の様子を見て、何があったかを察したらしかった。


「トゥリパお姉様、これを」


 ブルーベルは自分の首にかけていた、真珠のネックレスを外してトゥリパに差し出した。


「お母様の形見で、お姉様がお持ちのものより、粒は小さいですが……よければこちらをお使いください。今からお部屋に戻るのでは、遅くなってしまうでしょう」


 トゥリパはブルーベルの差し出した真珠のネックレスをちらりと見る。

 それは確かに、小粒の真珠を連ねた、地味な一連のネックレスだった。

 しかし、色艶は素晴らしく、決して安物、ではない。


(母親の形見のネックレスを、あっさりと差し出すの?)

(この子は、宝石なんて、いくつも持ってはいないでしょうに)


 トゥリパは驚きとともにブルーベルを見つめる。


(わたくしが返さないかもしれない、なんて考えないのかしら)


 トゥリパはにこりと可愛らしく、微笑んだ。

 バラ色のほおに、小さなエクボができる。


「……そうね。真珠玉は小さいけれど、質は悪くなさそうだわ。じゃあ、お言葉に甘えてお借りしようかしら」


 トゥリパが美しく巻いたストロベリーブロンドの髪を崩さないように、慎重に首元を見せると、ブルーベルはそっと真珠のネックレスをかけてやった。


「ありがとう、ブルーベル」


 トゥリパはそっけなくそう言うと、くるりと身を翻して、謁見の間に向かう。

 フィリスとロゼリーはすでに父王に会っているだろう。

 根も葉もないことを告げ口されては、敵わない。


 トゥリパは急いで華やかな廊下を進んだ。

 背後で、ブルーベルも遅れまい、と付いてくる気配がした。


 ブルーベルの軽い靴音を聞きながら、トゥリパは笑う。


(確かに、この娘は美しい)

(しかし、いくら美しくても、愚かではどうしようもない)


『人に言われたことをそのまま信じるな』

『大切なものは一瞬たりとも、その手から離すな』


 それはトゥリパが母である第二側妃から何度も言われた言葉だ。

 第二側妃である彼女が、第一側妃よりも先に国王の子どもを産んだことで、側妃同士の争いは激しかったと言われる。


 第三王女ロゼリーを第一側妃が産んでからも、二人の対立は収まっていない。

 むしろ今度は王女同士の対立が始まった感がある。


 トゥリパは一瞬、このお人好しの妹、ブルーベルに言ってやろうか、とも思った。

「人を信じるな」と。たとえ義姉妹であっても、だ。

 しかし、この年下の少女は、自分の言うことが理解できるだろうか?


(何年もフィリスお姉様やわたくし達を見ていて、自分で気づかないようなら言っても無駄なこと)


 トゥリパはそう結論を出すと、二度とブルーベルを振り返ることなく、ドゥセテラ王国国王陛下の待つ、謁見の間の前に立った。


 トゥリパの後ろには、ブルーベルが立っている。


(ブルーベル、あなたを見ていると、イライラするのよ)


 トゥリパはまるでお人形のよう、と言われる、びっしりと濃いまつげで囲まれた愛らしい目で、ブルーベルをちらりと見た。


「第二王女、トゥリパ王女殿下、ご到着」

「第四王女、ブルーベル王女殿下、ご到着」


  晴れやかな声とともにドアが開かれ、トゥリパとブルーベルは、謁見の間へ足を踏み入れた。

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