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第39話 運命の糸

 実くんと再び恋人同士になってから二週間後。

 遠距離恋愛となった私たちはGWの連休を利用し、こりもせずにあの丘陵公園に足を運んでいた。


「ね、ねぇ。ほんとに大丈夫なの?」


「大丈夫大丈夫。今回はちゃんと晴れが続いた日に来たし、天気予報もばっちり確認済みだし、本来の遊歩道からあの場所に行くし」


「え。この前の道って、本来の道じゃなかったの?」


 二年も経ってから明かされた衝撃の事実に私は目を丸くする。でも考えてみれば、確かにあの獣道みたいな小道が正規の道なわけがない。高台には丸太の手すりもあったから、人は少ないといえどちゃんとした展望台なんだろう。

 実くんは私の反応に苦笑いを浮かべて言葉を続けた。


「いやー、最初の道から行ったほうが驚きがあるんだよな。茂みを抜けてすぐ綺麗な景色が広がるって感じで。まあもう行かないけどな」


「私ももう行きたくない、というか行けないかな。今日丘陵公園に行くって言ったら、美菜に釘を刺されたし」


「俺も藤村に散々言われたわ」


 視界の開けた遊歩道をのんびりと歩きながら、私たちは顔を見合わせて笑った。

 本当に私たちはいい友達を持ったと思う。

 あのあと、電話で私たちが復縁したことを伝えたら、美菜は大泣きして喜んでくれた。あそこまで感情を露わにした美菜の声を聞いたことはなくて、私ももらい泣きしてしまった。

 しかも急きょデートを切り上げて藤村くんと二人で駅まで来てくれたのだ。そのあとは四人でご飯を食べたあとカラオケ店に入って朝まで歌ったり話したりしていた。新幹線のことはすっかりはったり頭から抜けていて、翌日帰ったらお母さんに軽く怒られた。

 でも、後悔はまったくしていない。


「お、ほら。もうすぐだ」


 そこへ、実くんの興奮した声が聞こえた。

 彼の指差すほうへ視線を向けると、薄っすらとネモフィラの花が見える。

 あの日を思い出して少しだけ怖さや緊張もあったけれど、実くんが手を握ってくれた。力強く握ってくれる大きな手にドキドキして、べつの今で緊張したのは私だけの秘密だ。


「わぁ……っ!」


 そして丸太階段を昇り切ると、私は思わず感嘆の声をもらした。

 そこは駅で見た絵のように、一面の青色だった。

 突き抜けるような蒼穹の空。

 遥か彼方まで続く紺碧の海。

 足元に広がる青紫のネモフィラ。

 いつかの日と同じ……ううん、いつかの日以上に、私があれほどまでに憎んだ青色がキラキラと視界いっぱいに輝いていた。


「俺さ、今年の残りはリベンジしようと思うんだ」


「リベンジ?」


「うん。前に描いた『希望と初恋』は優良賞で、駅に飾ってたあの絵は審査員賞だったんだ。でも正直、まだ納得いってなくてさ。だから今度は、この高台の絵を紫音と一緒に描きたいんだ。そして高校生の時に過ごせなかった紫音との時間を取り戻して、それから……」


 実くんは水平線に留めていた視線を私に向けた。


「紫音の見える青い糸は不幸だけを示すんじゃないって証明していきたい」


 柔らかな眼差しが私を見つめる。本当に実くんは頼もしい。その気持ちが、たまらなく嬉しい。けれど。


「ふふっ、ありがと。でもね、私はもう知ってるよ」


「え? なにを?」


 きょとんとする実くんに向かって、私は思いっきり抱きついた。


「ひーみーつー!」


 青い糸のおかげで、私は実くんを意識できた。

 青い糸のおかげで、私は実くんを知れた。

 青い糸のおかげで、私は実くんの大切さを知った。

 青い糸のおかげで、私は実くんと再会できた。

 青い糸のおかげで、今の私がある。私たちがある。


 私の見える青い糸は、決して不幸だけを示すんじゃない。

 身近にある幸せにも気づかせてくれる、青い鳥のようでもあるんだってことを。


「なんだよ、教えろよー」


「んー、じゃあ百歳になったらね!」


「百歳って……俺ぜってー青白くなってるわ」


「あ、それ上手い」


 そんな未来を想像して、私たちはまた笑う。


 健やかなる時も、病める時も。


 君と描く未来が、不幸に満ちていたとしても。


 私たちなら、必ず乗り越えられる。


「実くん、好きだよ」


「なんだよ急に。俺も好きだ、紫音」


 心から笑い合えるあなたと、ずっと一緒にいられますように。



< 【第一部】完 >

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